5y
――洞窟にて……。
「おにーさんは、あたしの……」
「あら、ご機嫌のようですわね」
「……うん。だって、おにーさんが戻ってきてくれたんだもん。死んじゃったと思ってた善大王が、会いに来てくれたんだもん」
ライムは一度呆然としたが、すぐに「そうですわね。善大王様は帰ってきてくださったみたいですわ」と言った。
ただ話を合わせたようにも聞こえるが、彼女にそうした様子は見られない。一度は戸惑ったが、意味は理解できたという具合だ。
「でも、お邪魔虫はまだ居ますわ」
「……誰」
「フィアちゃんは、アルマちゃんのところに向かってますの。今度こそ、殺そうと――善大王様を奪い取ろうと」
それを聞いた瞬間、アルマは夢が覚めたように、顔色を変えた。
「ふーちゃんが? ……あの子じゃ、あたしは倒せないよ。もう、誰もあたしを止められない……もう誰も、あたしからおにーさんを取り上げさせたりしない」
「わたくしも、微力ながらお手伝いさせていただきますわ。アルマちゃんが、善大王様を手に入れる為の」
アルマはかつてのままの笑みで「ありがとお」と答えた。
ライムはすばやく振り返ると、その先に立っていた――正確には壁に寄り掛かっているのだが――蝙蝠男と視線を合わせる。
歩み寄ってくるライムに対して、彼は会釈をし、隣に来るまで待った。
「善大王様を殺す手伝い、してくださいますわね?」
歩き続ける彼女と同じ速さで、彼も随伴する。
「正気か? あの男の前じゃ、魔物はイチコロだ」
「怯えていますの? たかが人間風情に」
「……ああ、怯えているに決まってるだろうが。たかが人間風情に、一撃だ。抵抗もない。ただ、粛々と一撃で葬られる……こんなに馬鹿馬鹿しい話があるかよ」
たかが人間と思っているからこそ、彼の怯え様は本物だった。
当然だ。人は狩りをする時、死の可能性を考慮したりはしない。
命懸けの狩猟ならまだしも、魔物からすれば人間との対峙など、娯楽での狩りに過ぎない。
そんなもので命を賭ける――いや、触れただけで即死という条件は割に合わないのだ。
なにより、その死は遠いものではない。追い詰められた鼠が猫に牙を剝くような、逆転の一手ではないのだ。
人間風情が、それこそ勝負すら成立しない次元で力を振るい、リスクを負うことなく魔物を容易に屠るのだ。
「……あなた方魔物が善大王様を討たないのは勝手ですわ。ですが、そうなった場合、誰が討つと思いますの?」
「……お前ら人間だろ」
「生憎、わたくし達にはそれだけの余力がありませんの。ガルドボルグならばまだしも、ケーストまで人を連れてくることはできませんわ」
「……」
「これだけ人間と接触しながらも成果を上げられなければ、オーダーの方々はあなたへの評価を下げることでしょう」
「チッ、強要しているつもりか」
「ええ、そうせざるを得ない現実を教えて差し上げましたの。そして――今、協力すると確約するのであれば、あなたにも利はありますわ」
そこで蝙蝠男は足を止めた。
気に留めず歩いていたライムは少しして気付き、振り返る。
濃い藍色の瞳は、好奇心をうっすらと見せる魔物を捉えていた。
「あなた方単体で挑めば、善大王様に勝つ為に多くの犠牲を強いることでしょう。ですが、今ならばアルマちゃんがいますわ」
「あのガキか」
「ただのガキではありませんの。この世界――《境界世界》最強の、天の巫女を退けるほどの使い手ですわ」
倒した、ではなく、退けたという辺り、彼女は嘘をついていないことが分かる。
ただ、誇張抜きでもこれは凄まじいことだ。
天の巫女が本気で淘汰しにいこうとすれば、それを免れるのは不可能に近い。
それを回避できたというだけで、今のアルマの戦闘能力はかなりのものと評価できる。
「俺を乗せる気か?」
「ええ、利用するつもりですの。まぁ、これを言ったところで、あなたは乗らざるを得ませんわ」
「チッ、分かったよ。乗ってやるよ……こっちだって、さっさと処理しねぇことには、封印されかねねぇからな」
分かりきっていた答えを聞き、ライムは妖しげな笑みを浮かべた。




