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――執務室にて……。
「ただいま……」
「おかえり」
フィアがボロボロの姿で帰ってきたというのに、善大王は素っ気ない対応をした。
戻ってきた時にそんな反応だったこともあり、フィアは息を切らせながらも、その場に倒れ込む。
「フィア!? どうしたんだ」
立ち上がった瞬間、彼は驚いて言う。「その傷はどうしたんだ」
フィアは突っ伏したまま「少し休ませて」とだけ言うだけで、顔さえ上げなかった。
善大王は彼女を抱え上げ、ソファーに寝かせると、術を使ってフィアの治療を始める。
彼の治療からほどなく、彼女は首を動かすようになった。
「大丈夫か」
「……うん。ライトこそ、大丈夫?」
「俺は……大丈夫だ」
フィアはクスッと笑うと、起き上がった。
「起きて大丈夫なのか?」
「うん。ライトが治してくれたから、少しだけ早く戻ったかな」
「なら良かった」
彼が安心する姿を見て、フィアもまた安堵した。
「それにしても、どうしたんだ」
「アルマと……戦ってきたの」
それを聞き、善大王は唾を呑む。
「どう、だったんだ」
「これを見たら分かるでしょ――って、こともないね。アルマに負けて帰ってきたの」
善大王ならば、アルマを殺して帰ってくる、という想定がないだろうと危惧して彼女は付け足していた。
「やはり、戦うしかなかったか」
「……うん。それに、私はあの子を殺してでも止めようとした。その上で、負けたの」
「フィアが、そこまでするほどアルマは……悪いのか」
「そう、みたい。あの子は何を言っても、曲げる気はないって。それに、アルマの背中から生えてたの、魔物の翅が」
「魔物の……?」
「うん」
善大王は心配そうな顔から一変し、冷酷な表情になった。
「……そうか。なら、俺の仕事だな」
「え?」
「アルマはフィアからしても、殺すべき相手だったんだろ? そして、今はもうただの魔物――なら、その始末は善大王の使命だろ」
善大王の言っていることが分からなくなり、彼女は一時的に頭が真っ白になるが、すぐに弁明する。
「私がアルマを殺そうとしたのは……うん、まぁ、そうなんだけど、もっと私的な感じっていうのかな……」
「でも、魔物なんだろ」
「そう、だけど」
「なら――大丈夫だ」
困惑するフィアを、善大王は抱きしめた。
「フィア、ごめんな。これは最初から、俺の仕事だった」
「えっ」
「だが安心してくれ、俺が行くからには……絶対に負けないから」
フィアはついに違和感に気付く。
そして、彼女はゆっくりと瞬きをし、瞳に虹色の光を宿した。
「……ライト」
「どうした」
善大王は抱擁を解き、彼女の顔をじっと見つめた。
「ライト、なんでアルマを殺すなんて言うの?」
「……まだ友達と思っているのか?」
「ほんの少しくらいは」
「なら、ごめんな。でも、相手は魔物だ。さっきも言ったけど、俺の仕事なんだよ――それと、フィアが傷つく姿を見たくないからな」
能力で分かった上でも、フィアはわけが分からなくなった。
目の前に居るのは、紛れもなく善大王だった。しかし、それが完全な別人のように思えるのだ。
善大王の姿をしたニセモノが、何食わぬ顔で生きているような状況だろう。
そして、その違和感が乏しいのもまた、彼女の恐怖を加速させていた。
「なんで……? ライトは……子供が大好きでしょ? えっちなことがしたいとか、下心がある……」
「助けたいとは思うし、好きだが……」
その言葉を聞いた瞬間、フィアは最悪の事態が現実になったのだと実感する。
善大王は《善大王》という存在に喰われ、上書きされてしまったのだ。
少なくとも、他人が違和感を覚えているだけ、まだ完全に消されてはいない。
しかし、本人が本人だった記憶は、もう残っていない。残されているのは、彼の能力、彼の当たり障りのない個性くらいのものだ。