13F
属性色について話題を出したにもかかわらず、ライカの口にした色はディードの知識に存在しなかった。
「黒? そんな属性は聞いたことがないが」
「そりゃそーよ。そんな色、ないんだから」
からかわれているのかと思い、彼はライカに迫ろうとした。
しかし、足下に紫電が走り、唾を呑む。
「アタシがそれを見るようになったのは、この戦争が始まってから。つまり――魔物の出す色に近いってこと」
「魔物? だが、巫女様は――」
「だから、アタシも知らねーって。でも、知る限りじゃライムは昔っから巫女で、魔物なんかと連んでいるようには見えなかったってだけは言えるし」
全てを言い切ったと言わんばかりに、ライカは立ち上がった。
「(っても、あの黒いの……フィアの奴にすげー似てたんだけど――それは、コイツに言わなくてもいっか)」
鍵の開いた扉を一瞥し、彼女は堂々と牢を脱出した。
ディードは鍵を閉める癖を失っていたのだ。
それもそのはずで、彼女が起きたのはつい先ほど、それまでずっと物言わぬ抜け殻だったのだ。
ただ、施錠していたところで意味があったとも思えない。
なにせ、今のライカは万全とは言えないものの、力を取り戻しつつあったのだから。
「人のジョーシキじゃ、アタシら巫女は測れないってわけ」
「……」
ディードは身動きが取れなくなっていた。
当たり前だが、兵器運用されると決定され、運搬されている時には彼女の拘束具は外されていたのだ。
そして、廃人になっていたからこそ、そのままの状態でこの牢に戻されている。
気付かなかったディードもそうだが、そのまま戻したライムもライムであった。
「巫女様と通じていたのか」
「……は?」
「同じ巫女であるお前を助けるべく、動いていたのではないのか」
「さーね。そう思っててもおかしくはねーけど、アタシはライムがなーに考えているかなんて、昔っからずっとわかんねーって」
そう言って、ライカは壁の前で止まった。
「さーてと……これからどう――」
「何故、わたしを殺さない」
「アンタを殺したら、出られなくなるからに決まってんじゃん。っても、アンタが開けてくれるとは思えねーし、ライムが来るまで待つつもりだけど」
食料は有限である。ディードが取りに行くタイミングを見計らえば脱出できるが、おそらく彼女はそれに気付いてすらいないだろう。
「何故、先ほど逃げなかった」
「なぜなぜって、さっきから質問ばっかりじゃん。アタシは質問に答えまくるつごーのいい女じゃないし」
「答えろ」
「なら開けるし」
「断る」
「なら、こっちもオコトワリ」
二人はじっと睨んだまま、緊張感を張り詰めた。
そんな状況に耐えきれなくなるのは、やはりライカの方だった。
「はーくっだらな――さっきのは偵察だし。それと、アタシがどのくらい力が使える様になってるのか、それを調べる為の時間! これで満足?」
町中を歩いている間、彼女は微量の魔力しか漏出しないように調整しながら、自身のソウルの巡りを確認していた。
導力の精製には難があるものの、ソウルやマナを利用した小細工くらいはできる、という塩梅だ。
そういう意味で、ライカはあえて強気な態度を取っていた。
言ってしまえば、今の彼女は大量の相手を迎え撃つ力はなく、目の前の男を殺しきる力もなかった。
だからこそ、力の感覚が戻るまでの時間稼ぎをしようとしていたのだ。
「ああ、満足だ」
彼が答えた瞬間、ライムは面倒が終わったと視線を逸らした。
瞬間、ディードは凄まじい勢いで彼女に近づく。その手には《暴食の鎖》が握られていた。
「っち!」
咄嗟に紫電を放つが、彼はそれを片手で受け止め、突進を続ける。
「むぼーは相変わらずって?」電撃を両腕に纏わせながら言う。
「無謀ではない」
電撃を纏った腕に鎖を巻き付けられ、ライカは力を再び封じられた。
「死ぬのが怖くねーの?」
「……お前の電撃、あの時とは鋭さが違っていた」
彼はライカの見せた二回の電撃で、相手の力量を調べ終わっていた。
その威力は微弱で、全力で放ったところで一撃は確実に耐えきれる程度の威力しかない、と見たのだ。
無論、それだけではなく、問答で彼女が自分の想定したとおりの状況であるとも確認をしていた。
彼の鈍った意識は、次第に覚醒しつつあった。
「……ハッ、やっぱり、やたらめったら見せびらかすもんじゃねーし」