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「なにを……いまさら」
「ようやく、あなたの本質が読めたのよ。最初は、魔物が寄生でもして、それが力を出しているのかと思ってた。でも、実際はアルマが力の源だったのよ――だから、もう助けられないって分かった」
魔物の力は負の力。
だが、それは彼らにだけ許された力などではない。フィアもまた、深い絶望を抱えていたからこそ、その力への理解が深かった。
なにがどういう仕組みで動いているのかさえ分かれば、その制御を取ることはできる。
彼女はこと負の力の制御に関しては、歴代の《天の星》とは比べものにならない――いや、そもそもここまで完全に制御できた者は歴代に存在しなかった。
「じゃあ、アルマ――さようなら」
彼女は地面を蹴りつけ、冷酷なままに、眼前の魔物の息の根を止めようとした。
橙色の光線が地に臥すアルマを掠めようとした瞬間、
拘束具が自発的に外れ、これを叩き落とす。
「……まだ余裕があったんだ」
フィアは虹色に煌めく瞳で獲物を捉えたまま、そう言った。
しかし、すぐに目を細める。
「マダ……マダ……終ワッテ……」
フィアは咄嗟に《魔導式》を展開しようとするが、アルマは体のどこを動かすこともなく、立ち上がり――自分を殺そうとする相手の心臓を貫いた。
苦悶の表情を浮かべるフィアは、アルマの背中から一本の翅が生えていることを認めた。
「正体を、あらわしたのね」
その翅は醜く、眼球のような模様が二つ存在する――蛾のものだった。
あの拘束具は蛾のサナギに対応するものだったのだろう。つまり、彼女が人間と魔物の中間体を経由し、完全に魔物に変異する為の。
ただ、この変化自体にフィアは特に何を思うでもなかった。
相手がどうなろうとも、自分の恋人を奪おうとする邪魔者は、消し去ると決めていたのだ。
再び力の制御権を奪い、一撃を浴びせようとするが、その調整を行う最中にアルマは攻撃を仕掛けてきた。
拘束具は鞭のようにしなり、フィアの体を傷つけていく。
回復はある程度追いついているが、かなりの速度で攻撃されている為か、制御を奪い取る場合ではなくなっていた。
本来行える機能よりも大きなことをしようとすれば、当然それなりの集中が必要となる。
彼女の場合、その大きさは器を遙かに越えているように超大で、集中もかなり深めなければならないのだ。
「(走って逃げたら、追いつかれる。一人じゃ……)」
フィアはアルマの突然の変化を予想できていなかった。
もし、この場に善大王がいれば、彼に時間稼ぎを行わせている間に処理ができただろう。
ただ、その場合は本当にアルマを消し去ることができるかは不安だった。
だからこそ、彼女は一人で来た。説得できなかった場合、すぐさま殺せるように。
しばし痛みの中で考え、フィアはそれを実行した。
彼女はアルマに背を向け、逃げ出したのだ。
少しでも距離を取り、以前善大王を運んだ時のように、光線を推力に逃げようとしたのだ。
しかし、アルマは追ってこなかった。
逃げていくフィアの背中をぼんやりと眺め、ただ立ち尽くしているだけだった。




