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――光の国、洞窟内にて。
いつかシナヴァリアが訪れた洞窟に、フィアは来ていた。
それも、護衛一人をつけることもない、完全な単騎突撃だ。
もはや、もぬけの殻となったと思われた洞窟だったが、ぼんやりと一対の黄色が彼女を見つめていた。
「隠れているつもり……はないよね」
「一人で来たんだ。善大王さんナシで、あたしに勝てると思うの?」
「もちろん。勝ち目がなきゃ、ここに来てないよ」
アルマはそれを聞き、黙ったまま接近してきた。
フィアは鈍い動きで後退していき、彼女の攻撃を受ける。
受けるといっても、彼女の近接能力はゼロに等しい。《星》の能力を使い、再生能力で無理矢理防いだだけだった。
「術者が一人で来るなんて、フィアも馬鹿になったねえ」
「それ、一度止められたアルマが言う?」
煽り口調だったアルマだが、逆に煽り返され、憤りを増した。
フィアは着実に下がっていき、その度に凄まじい傷を負いながらも、随時回復させていく。
痛みに弱い彼女だが、今は目的があるからか、それにさえ耐えている。
そうして洞窟の外に出た段階では、だいぶ息があがっており、まだ一撃も浴びせていないとは思えない消耗を見せた。
「外に誘い出して、どうするつもりかなあ」
「やっと、アルマの顔が見えた」
「……あなたの力なら、とっくに見えてたでしょ」
「もちろん。でも、本当の顔はこの目で見たいから」
彼女は空色の瞳を見せ、《魔導式》の展開を開始した。
「魔物の力を手に入れたあたしに、ただのフィアで勝てると思うの!? 笑っちゃう」
粛々と《魔導式》を刻みながら、フィアは「魔物の力を手に入れた? 魔物になった、の間違いじゃない?」と皮肉――というより、事実を言ってのけた。
アルマは理性を失っており、煽られれば簡単に火がつくようになっていた。
というより、自分の気にくわないものを叩き壊す為に望んだ力という意味で言えば、理性の消失は必然だったのかもしれない。
自分を傷つけるもの、自分にとって不都合なもの、自分を讃えないもの、それを全て壊したとして、優しい世界を取り戻すことなどできないのだ。
ただ、今の彼女はそんな空虚な世界を楽しめるほどに、倒錯していたし、現実に失望していた。
「《天ノ十九番・空線》」
地面を蹴る前に、彼女は詠唱し、術を発動した。
これはアルマも想定外だったらしく、回避行動に移行する余裕を失っている。
ただ、彼女の迷いはまさに一瞬。すぐさま、自身の能力を評価し、突破できると判断した。
速度を落とさないアルマを見やり、フィアは軽やかな動作などではなく、子供らしい走りだしでその場を離脱する。
発動した地点から橙色の光線が放たれ、アルマの腹部に直撃するが、その部分は硬い外殻のようなものに変異していた。
橙色の光は敵を貫き切れず、引き裂かれるように細い線となってアルマの後方に拡散していく。
それに続くように、前方には蜘蛛の巣状の光が形成され、アルマはそこに突っ込んだ。
拘束具を思わせる外殻が彼女の体に絡みつき、身を締め上げる。
人間を否定し、痛めつけるように、彼女の人の部分は青紫に鬱血した。
「あたしから、逃げられると思うのお?」
彼女が地面を強く蹴った瞬間、黒い瘴気が地を撫で、土塊が宙を舞う。
凄まじい加速を得たアルマは逃げたフィアの背中を捉え、鋭い貫手を放った。