7
――光の国、執務室にて……。
「ふぅ、一休みするか」
そう言いながら、彼は普段の業務に戻った。
いつもの彼なら、こう言い出したら本格的に休むか、城下町に行くものである。
しかし、今は言葉と一致せず、仕事をしているのだ。
そうしてしばらく書類に目を通し、署名などをしていたが、呼び出しの音が聞こえて作業を中断する。
「なにか問題があったか?」
『……問題は――いえ、問題があった為に、善大王様に確認を、と』ダーインは言う。
「ふむ。言ってくれ」
『善大王様は雷の国には行かれたのですか?』
「ああ、その件か。もちろん、行ったぞ。そして、向こうの国の滅びも回避させた」
『その戦いの中で、ハーディンという男は介入してきましたか』
「してきたもなにも、俺が引き込んだ。奴の銃器製造の能力を利用し、富豪内に情報を共有させ、今はかなりの数が出回っている」
それを聞いた瞬間、通信の向こうのダーインは露骨に驚いたような反応を見せた。
「……そう、ですか」
「それと、彼の娘とは同じ船で来た。宝具の船だ」
「なるほど、そういうことですか。ある程度は分かりました」
通信を切ろうとしたのを読んでか、善大王は素早く言葉を発した。
「必要とあれば、彼と繋ごう」
「いえ、今は必要ありません。ですが、必要となれば、伺います」
「わかった」
通信を通す為の手段を教えようとしても、彼はそれを聞こうとはしなかった。
ダーインは自身の立場を理解した上で、なるべく不要な干渉を抑えようとしたのだろう。
そうして通信が切断されると、ノックの音が聞こえてくる。
「シナヴァリアか?」
問いかけると、扉が開けられた。
他の誰かならともかく、シナヴァリアには隠し事らしい隠し事はない為、基本的に確認さえ取れれば十分と彼は考えていた。
「善大王様、天の国の件ですが……」
「ああ、すまない。お前にも仕事を任せているというのに、進みが遅くて」
「手を付けるのを、避けているのですか?」
「……どうだろうな」
「悪手ではありましたが、私が手を打ったことで、後は王だけを納得させればいいという状況です。早期に対処すべきかと」
シナヴァリアの言うとおりだった。
天の国との同盟締結は難しいことではなく、であればすぐに行うべきことだった。
しかし、彼はその方向に動いていない。
「最近、どうにも困っている人が目についてな。俺がやるべきではないとは思うんだが、手を出してしまう」
彼はここのところ、城下町に出ては復興の手伝いをしている。
王が民に混じって働くのは美談のようで、実際は邪魔にしかならないことが多くある。
ただ、彼の場合は誰よりもよく働き、よく指示ができていた。
当たり前だ。彼は少女に愛されるべく、ほぼ全てのことを人並み以上に習得し、それを自身に取り込んでいるのだ。
故に、ただでさえ神の如く威光を有した善大王は、余計に民から愛されることとなっていた。
ただし、それは本人も言うとおり、やるべきことではない。
今の彼にとって最も優先すべきは、天の国との同盟締結なのだ。
「貴族の――国の信用が失われたのも、私の責任ですが、それはあなたのすべきことではありません」
「分かってる、分かってるさ……ただな、どうしても――」
不意に、彼は疑問を覚えた。
「なぁシナヴァリア」
「はい」
「……俺、どうしてこんなことをしているんだ?」
「はい?」
「いや、変なことを聞いたな。なんでもない――っと、天の国については内々に動いておくから、しばらくそっとしておいてくれ」
「こればかりは後回しは許されませんよ」
「分かっている」
王の妙な様子を不安に思いながらも、シナヴァリアは執務室を後にした。
「(奴の言うとおり、信用回復は俺がすべきことではない……それについては、あの救世主的な演出で十分だ――ってことは、俺が避けているのか?)」
そこで思い出し、善大王は黙ったまま頷いた。
「(そうか。フィアを随伴させた方が都合がいいから、アルマの件が解決するまで待つってことで、あんなことをしていたのか。なら、納得できる)」
彼は自身の行動の根拠さえ、失い始めていた。
だからこそ、それらしい答えを付随させることで、自分を理解しようとしていた。
そうでもしなければ、自分が何を考えているのかも分からなくなり、自己を失うと本能で察したからだろう。
「だが、どうしてだろうな……」
彼は立ち上がると、城下町に向かって歩き出した。
少女と遊ぶ為などではなく、困っている人を助ける為に。