2
――夕刻、執務室にて……。
「ライト、お疲れ様」
「……ああ」
善大王は短く言い、フィアの居るソファーに向かった。
「ライトよくできるよね。ああいうの私ならやりたくないなぁ」
「巫女ならそれくらいできとけ。まぁ、今回のに関して言えば、俺も相っ当に疲れたが」
彼は城の上から、集まっていた民に言葉を掛けたのだ。
それは此度の事件の罪を全て許して欲しい、ということ。
シナヴァリア、タグラムはもちろん、教会に至るまで全ての罪だ。
これには多少の反発はあったが、そこは先の戦いの影響もあり、容易に納得させることができた。
その上で、五カ国と同盟を結び、闇の国を打ち払うという計画を伝えた。
「みんな協力して頑張りましょう、なんてのは俺には合わない話だ」
「ライトはそういうやり方を選ぶ人かと思ったけど」
「ま、おおよそ間違いじゃないな。兵の数が多けりゃ、その分動きも大きくできる。ただ、これは命令を聞く都合の良い奴に限った話だ」
「そういうことね」
深く聞かなくなったのは、彼女が善大王の考え方を理解し始めていたからだった。
「……そろそろいい頃合いじゃないか?」
「シナヴァリアさんは?」
「来て困るもんじゃないし、来る予定もない。もちろん、他の来客の予定もない」
それを聞き、フィアは頷いた。
「やっぱり、あれはアルマだったよ」
「そう、か」
「正直、あれが巫女の形を残しているのも信じられないの。なんっていうか……」
「燃え滓が残っている、って感じか?」
善大王の言葉に、彼女は驚く。
「えっ」
「違ってたか?」
「ううん、そんな感じ。でも、ライト分かってたの?」
「……いや、俺が気付いたのはフィアが打ち落としてくれた時だ。あの時まで、アルマの奇襲に全く気付けなかった」
善大王はフィアに一任していたとはいえ、全く反応できなかったことにショックを受けていた。
相手が魔物であればまだしも、相手は彼が得意とする少女なのだ。
「あの一瞬に、アルマの精神が残っていることは分かった。外面も当人のままだ……しかし」
「うん。私が見た限りじゃ、ほとんど魔物になっているよ。巫女の力が生きているからなのかもしれないけど、この光の国でも活動できているみたい」
「……まだ巫女なのか?」
「正直、怪しいと思う。アルマ、意図的に光属性のマナを吸収していないように見えたから」
「あの耐性持ちの魔物の技術を流用しているかもしれない、か」
遅れてケースト大陸に戻ってきた二人だが、読みは冴えていた。
アルマが魔物になったのは、ローチ型の魔物と戦った後――あの魔物らの性質が流用されていたとしても、おかしくはないのだ。
「もしアルマと対峙した時、どうするべきだと思う」
「それ、ライトが聞くの?」
「皇として言うなら、倒すべきだ」
当然のことを言うような顔で、善大王はそう言った。
そんな彼の顔を見て、フィアはどこか怖さを覚えたらしく、視線を逸らした。
「ただ、アルマは巫女だ。そっちの領分もあるだろう……その意味で聞きたい」
「うん、アルマとは戦うべきだと思う。もし、それで死んじゃうなら、それは仕方がないことだと思う」
仕方がないこと、という言葉の真意はつまり、死亡しないはずの巫女が死亡した時点で、それはもう違う存在であるという意味だった。
マナを封殺できるフィアがそうするのであればともかく、人間の手で倒されれば光属性のマナが制御できない、ということの証明になる。
「もしアルマがまだ巫女のままなら、その時は私が倒さなきゃいけないかな。きっと、あの子はやめろっていってやめられる状況じゃないから」
巫女のままなら、人が倒せる類の存在ではないことは、ティアやライカの一件からして明白だろう。
事実、《天の星》は暴走した巫女を粛正する役割を有している。
今回の属性変換などが、専守防衛に特化した《星》に対抗しうる力であることは分かるだろう。
「それで、フィアの本音は」
「友達として、助けてあげたい」
善大王はフィアの空色の瞳をじっと見つめ、口許を緩めた。
「なら、できるように頑張るんだな。俺も多少は手を貸せるが、今はアルマの件に介入する暇がない」
「うん! ありがと!」
酷く冷淡に聞こえる言葉だったが、彼女はその本音を理解していた。
これはつまり、魔物な上、最大有害要因を光の国としては放置する――ということを示している。
そして、その対処をフィアに任せた、とも。