星の衝突
――光の国、執務室にて。
「お疲れ様です」
シナヴァリアが部屋に入ってきたのをちらと見ると、善大王は仕事を中断した。
「お疲れ様はこっちの台詞だ。休まなくていいのか?」
「ええ、民でさえあの具合ですから」
窓の外を見て、大挙する民を指さした。
「まったく、一日二日は休んでからするもんだ」
「善大王様の活躍は、それほど衝撃的だったんですよ」
絶望と滅びに満ちていたあの状況で見せた、白き光の拡散は人々に凄まじい希望を与えた。
それこそ、神が再びこの世界に降誕したような衝撃だ。
教会であれば瞬時に否定しそうなことだが、本質からは大きく逸れていない。
善大王は――《皇》は神より選出され、その力の一部を分け与えられたものだ|。
彼が見せた光もまた、主の一端であると言っても過言ではないのだ。
「さいですか。それにしても――改めてだが、随分と遅れて悪かったな」
「成果のほどは」
「単刀直入だな。それこそ、一日二日は休んでから聞くものだ」
茶化してみたが、シナヴァリアが真面目な視線を向けてきたことで、彼は肩を竦めてから話し始めた。
「実際的な成果は思ったよりはない。明確に連結できたのは水の国くらいのものだ」
「……です、か」
「だが、恩は売っておいた。天の国と同盟を結べれば、瞬時に五カ国同盟には持ち込めるはずだ」
それを聞き、冷血宰相はらしくもなく驚いた。
「さすがは善大王様」
「ああ、我ながら十分な仕事だったと思っている。だが、時間を掛けすぎた」
そう、彼は王手を掛けるには十分の仕込みをしてきた。
しかし、それに手間を掛けすぎたのだ。
結果として助かったからいいものの、光の国は二度も存亡の危機に晒されていた。
「それに……」
「アルマ姫、ですか」
「詳しい事情はフィアを経由で聞いた。だが、詳しくは後日お前からも聞きたいと思う」
「はい」
良くも悪くも、二人はドライに会話を進めた。
善大王は知っているのだ。嘆いたところで状況は打開できず、解決するならば考え、進むしかないと。
「しかし……本当に迷惑を掛けたな」
「今更ですか。私は善大王様の迷惑を受け入れるつもりで、この職に就きましたよ」
「まったく、頼りになる宰相だ。こんな便利な奴は引き戻さないとな」
「……私事で動かすと、後で難儀するかと」
「馬鹿言え。神の如く俺が言うんだぜ? 誰が逆らえるって言うんだ。教会もない今、俺が完全にこの国を掌握できる」
皮肉にも、民が殺到しているのはそれが一因だった。
教会という心のより所を失ってもなお、こうして民が生き生きとしているのは、彼が戻ってきたからだ。
「ですが善大王様、どうやってあの魔物の対処を?」
「ああ、フィアにも試してもらったが、確かにアレは厄介だった。だが、まぁ――俺には関係ない話だったな」
実を言えば、二人はかなり早い段階でこの国に戻ってきていた。
明確に連絡が取れたのが、タグラムが国に戻った頃――つまり、シナヴァリアの本隊が撤退中の頃だ。
天光の二人は、完全耐性持ちの魔物と戦闘中のシナヴァリア達と合流し、敵を請け負ったのだ。
「あの後も随分と魔物が来たが、それも片っ端に始末していたらあんなに遅れちまったが――まぁ、結果として予定通りだな」
善大王はたまりにたまっていた戦場の魔物を一掃してから、この城に戻ってきた。
だからこそ、今に至っても魔物が来る気配はない。相手が進軍を諦めるまで、ひたすら一撃で葬ってきたのだ。
そして、そんな危険な行動を選んだのは、ひとえに国を信用してのことだった。
「危機を演出して、自身を英雄たらしめる為ですか」
「そういうことだな。英雄どころか神格化されるとは思わなかったが」
二人がシナヴァリアの部隊を支援したのは、フィアが最も危険な地点だと予測した、というのがある。
良くも悪くも、現在の光の国の戦力であれば、しばらく持ちこたえられるとも見ていた。
だからこそ、限界まで引っ張り全員の気をおかしくしてから、活躍することで凄まじい洗脳を行うことにしたのだ。
善大王らしくないやり方ではあるが、この手法によって彼の存在感は、本来の善大王が持つべきもの――下手をすれば、それ以上に膨れあがった。
「さて、じゃあそろそろもう一つの仕事をするか」
彼は服のしわを伸ばすと、外で待つ民衆達を見つめた。




