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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
1239/1603

10F

 ――闇の国、隠し牢にて……。


「まだ目を覚まさないのか……? まだ、眠り続けているのか?」


 ああ(・・)だの、うう(・・)だの声を吐き出すライカを見て、ディードはそう言った。

 無論、当人としても話している気はなく、届いているとはこれっぽっちも考えていなかった。


 だが、さすがのディードもかなり堪えていた。

 この廃人の世話を任されてから、もうしばらく経っているのだ。

 一時期は新たなる部隊の部隊長を任され、開戦直後には多くの都市を陥落した彼が、今や召使いよりも格の低い仕事をさせられている。


 彼は自嘲気味に笑った。

 本当の罰は、あのような傍若無人なライカの世話などではなく、この壊れた兵器の整備だったのだと。


「(確かに、分からなくもない。この娘の兵器的価値はかの戦いで示された。如何に廃人とはいえ、これを欲しがる奴は多くいるだろう)」


 巫女の力自体は、かつてより知られていた。

 しかし、彼女はそれを知識ではなく、経験にまで落とし込んだ。

 圧倒的な破壊を現実的にもたらす超兵器ともなれば、地位の低い者に限らず、天辺(てっぺん)を目指すものならば誰でも欲しがる。


 だからこそ、ここには彼しかいない。

 ライムより、この兵器が壊れていることを教えられ、罰せられるに十分の罪を犯した者だ。


 ディードはかつての彼女を知っているからこそ、これがもう使えるようなものではない、ということも分かる。

 そもそも、ライカが使えなくなった、ということは公表できないのだ。

 その情報だけでも、かなりの利益になる。そう考えると、自分の利ではなく、国を重んじる彼は都合がよかった。


 しばらく黙っていた彼だが、机の上に置かれた紙箱を見つめると、それを取って牢の中に――今の彼女には相応しくない、豪奢な部屋の中に入っていった。


 紙箱の中には、ケーキが入っていた。戦争の影響で凄まじく高騰した嗜好品だ。

 何かを喚いていたライカだったが、口にそれが運ばれると黙って食べ始める。


「(いつも通り、か。壊れながらも、本能だけは残っている、ということか)」


 このケーキは、ライムから渡されたものではない。彼が実費で購入したものだった。

 何らかの影響で彼女が意識を取り戻せば、という意図で渡したのだが、思った効果はもたらされなかった。


 ショートケーキを一つ食べ終えさせると、彼はライカの全身を確認した。

 成長は一切見られないものの、髪は少々伸びている。というより、ケアが一切行われなくなった影響か、当初の上品な雰囲気はなくなっていた。


「とはいえ、わたしは女の髪など切ったことはないからな」


 そう呟き、彼は指定席に戻った。

 目を閉じると、師であったムーアが、自身の娘であるエルズの髪を切る光景が蘇った。

 彼にとって、唯一といってもいい穏やかな時代の記憶だが、もはやそれは過去の記憶でしかなかった。


 ムーアは死に、エルズは幼少期以降会っておらず(・・・・・・)その後の所在を掴めてはいない。

 この記憶に残る人物は彼だけだった。


 辟易とした彼は目を開け、呆然と天井を眺めようとする。しかし、そんな時に奇妙な声が聞こえてきた。


「……た……は……」


 急いで牢の中を見るが、そこには相変わらず廃人然としたライカがいるだけだった。


「まさか……」


 今の声は、普段ぼやくような声とは違っていた。

 弱々しいものの、意思が含まれた――言葉になりそこなった声だった。


 彼は希望を抱くでもなく、ただ呟き始めた。


「これを食したのだ。少しでも早く、戻ってこい」


 と言い、彼は紙箱を手に持ち、揺すって見せた。

 もちろん、反応はない。

 当然のことだ。


「お前が再び兵器として使えるようになれば、この国は変わるかもしれない……だからこそ、戻れ」


 そう付け足すと、彼は声が届いていないと分かった上で、ぼやいた。


「この国を終わらせたりはしない。是が非でも、このわたしが滅びを阻止する」


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