10F
――闇の国、隠し牢にて……。
「まだ目を覚まさないのか……? まだ、眠り続けているのか?」
ああだの、ううだの声を吐き出すライカを見て、ディードはそう言った。
無論、当人としても話している気はなく、届いているとはこれっぽっちも考えていなかった。
だが、さすがのディードもかなり堪えていた。
この廃人の世話を任されてから、もうしばらく経っているのだ。
一時期は新たなる部隊の部隊長を任され、開戦直後には多くの都市を陥落した彼が、今や召使いよりも格の低い仕事をさせられている。
彼は自嘲気味に笑った。
本当の罰は、あのような傍若無人なライカの世話などではなく、この壊れた兵器の整備だったのだと。
「(確かに、分からなくもない。この娘の兵器的価値はかの戦いで示された。如何に廃人とはいえ、これを欲しがる奴は多くいるだろう)」
巫女の力自体は、かつてより知られていた。
しかし、彼女はそれを知識ではなく、経験にまで落とし込んだ。
圧倒的な破壊を現実的にもたらす超兵器ともなれば、地位の低い者に限らず、天辺を目指すものならば誰でも欲しがる。
だからこそ、ここには彼しかいない。
ライムより、この兵器が壊れていることを教えられ、罰せられるに十分の罪を犯した者だ。
ディードはかつての彼女を知っているからこそ、これがもう使えるようなものではない、ということも分かる。
そもそも、ライカが使えなくなった、ということは公表できないのだ。
その情報だけでも、かなりの利益になる。そう考えると、自分の利ではなく、国を重んじる彼は都合がよかった。
しばらく黙っていた彼だが、机の上に置かれた紙箱を見つめると、それを取って牢の中に――今の彼女には相応しくない、豪奢な部屋の中に入っていった。
紙箱の中には、ケーキが入っていた。戦争の影響で凄まじく高騰した嗜好品だ。
何かを喚いていたライカだったが、口にそれが運ばれると黙って食べ始める。
「(いつも通り、か。壊れながらも、本能だけは残っている、ということか)」
このケーキは、ライムから渡されたものではない。彼が実費で購入したものだった。
何らかの影響で彼女が意識を取り戻せば、という意図で渡したのだが、思った効果はもたらされなかった。
ショートケーキを一つ食べ終えさせると、彼はライカの全身を確認した。
成長は一切見られないものの、髪は少々伸びている。というより、ケアが一切行われなくなった影響か、当初の上品な雰囲気はなくなっていた。
「とはいえ、わたしは女の髪など切ったことはないからな」
そう呟き、彼は指定席に戻った。
目を閉じると、師であったムーアが、自身の娘であるエルズの髪を切る光景が蘇った。
彼にとって、唯一といってもいい穏やかな時代の記憶だが、もはやそれは過去の記憶でしかなかった。
ムーアは死に、エルズは幼少期以降会っておらずその後の所在を掴めてはいない。
この記憶に残る人物は彼だけだった。
辟易とした彼は目を開け、呆然と天井を眺めようとする。しかし、そんな時に奇妙な声が聞こえてきた。
「……た……は……」
急いで牢の中を見るが、そこには相変わらず廃人然としたライカがいるだけだった。
「まさか……」
今の声は、普段ぼやくような声とは違っていた。
弱々しいものの、意思が含まれた――言葉になりそこなった声だった。
彼は希望を抱くでもなく、ただ呟き始めた。
「これを食したのだ。少しでも早く、戻ってこい」
と言い、彼は紙箱を手に持ち、揺すって見せた。
もちろん、反応はない。
当然のことだ。
「お前が再び兵器として使えるようになれば、この国は変わるかもしれない……だからこそ、戻れ」
そう付け足すと、彼は声が届いていないと分かった上で、ぼやいた。
「この国を終わらせたりはしない。是が非でも、このわたしが滅びを阻止する」




