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「それで、どうする? このままやる?」
「……」
「ライトはもう、魔物を全て倒してくれたよ。あとは、あなただけ」
「……なら、都合がいいよ。善大王さんが、あたしを倒しに来てくれるなら――それなら、今度こそちゃんと戦える」
「はぁ。その場合でも、今と何も変わらないけど? ライトには近付けさせないから」
アルマはどこかで、善大王との再会を期待していた。
しかし、フィアはそれを許そうとはしなかった。
善大王がアルマを倒そうとする間、彼女が時間稼ぎを続行するのだ。
たった一人になった魔物は、その絶望的状況を知りながらも、構えを取った。
これにはフィアも呆れ、しかし応じる体勢を取る。
「アルマちゃん、ここまでですわ」
フィアは突如聞こえてきた声の方へと目を向ける。
そこには、蝙蝠の羽根を広げたライムが立っていた。
「(飛んできた……?)」
あり得ないこと、と思いながらも、フィアは被りを振った。
「(もし、アルマの魔物化がライムの仕業だとすれば、この子も)」
「黙っていて! あたしは善大王さんと――」
「フィアちゃんが言ってくださいましたの。ここに居残ったとして、善大王様には会えませんわ」
「……でも」
「また次の機会にしましょ」
アルマは明らかに反発していたが、アルマの余裕を持った顔に見つめられ続け、根負けして頷いた。
「ということですの。ここは退かせてもらいますわ」
「行かせると思う? アルマには勝てないって分かったけど、あなたなら――」
「わたしくとしても、フィアちゃんに勝てるとは思っていませんわ。だから――」
フィアは彼女の直上に狙いを定め、打ち抜く準備をしていた。
しかし、莫大な量の《魔導式》が瞬間的に広がり、彼女の集中は乱れる。
「再戦はまたの機会に」
ライムがアルマと手を繋いだ瞬間、凄まじい光が吹き上がり、二人は完全に消滅した。
「……んっ、気配がなくなってる」
フィアは瞬時に索敵を行ったが、移動の軌跡が探れなかった。
つまり、線の移動ではなく、点の移動が行われたということである。
「だとすると、今のは転位の術なの……? でも、あれは一人で使えるようなものじゃないはずだけど」
転位の術というと、かつてクラークが使おうとしていたものだ。
人一人を別の地点に飛ばすことのできる破格の術――なのだが、誰もが使えるようなものではない。
規模でいえば、数千人規模の術者の力を使い、一人を別の地点に飛ばすのがやっとである。
一応、存在こそは認知されているが、ほぼ発動不可能の術という認識だ。
もし、運用するのであれば、《光の門》のように無尽蔵の力を内包している施設内で使うくらいのものだろう。
それにしても、あのような正気を保つのが難しい場所に入り、高い精度と集中力を擁する術を発動するのは実用的ではない。
ただ、ここで一番の問題となってくるのは、ライムが一人で発動したことだった。
いくら《星》といえど――それどころか数人掛かりでさえ、やはり可能である道理はなかった。
「……色々気になるけど、私のすることはちゃんとできたかな」