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――光の国、城壁にて……。
疲弊しきった術者達は、視界の良好な城壁の上から術を放っていた。
とはいえ、残っている人数は十人にも満たず、大半の術者は攻撃役を降ろされている。
当たり前だが、この戦いは攻める戦いではなく、守る戦いなのだ。
だからこそ、兵を長生きさせる方が優先度が高く、魔物を削ることはそこまで重視されていなかった。
というのも、士気の高かった序盤であればまだしも、この酷い戦いが始まってからはろくに攻撃が通っていないのだ。
兵はとりあえず生きて、動いているという程度であり、有効な威力を叩き込むことはできていない。
それは騎士達に限ったことではなく、術者の冴えもなくなり、相手の行動阻害程度にしかなっていない。
そんな中、一つの声が響いた。
「《光ノ百三十九番・光子弾》」
棒状の光弾が凄まじい速度で放たれ、ナイト級に突き刺さった。
片手を振り上げ、騎士に攻撃を仕掛けようとした瞬間、魔物は肉体の限界に達して消滅する。
「無茶をするな」
「……もう倒せると見ました」
そう言うと、インティは倒れた。
なにも、彼が余力を残していたわけではない。
彼は疲労が蓄積していたにもかかわらず、自身の限界に気付いていたからこそ、最後の一弾を打ち込んだ。
一年もなく、ただの学生に過ぎなかった彼でさえ、ここまで大きな成長を遂げることになった。
教会がもたらした大きな混乱が、その一端を担っていたことは間違いないだろう。
人は危機に立たされてこそ、より大きな力を求める。求めればこそ、欲すればこそ、力を得ることができるのだ。
しかし、この状況の危機因子は明らかに限度を超えていた。
進化を加速させるには十二分だったが、種の生存ができる数値ではない。
まさしく、滅びの寸前を誰もが目の当たりにする中、インティの視界に異質なものが映り込んだ。
誰もが生存すべく、死力を尽くして戦っている光の国において、それはあり得ないものだった。
僅かな汚れも見えない、白い布。
それを見た瞬間、彼は尽きかけていた力を奮起させ、腕を杖にするようにして立ち上がる。
「だいぶ出遅れたけど、これで帳消しになればいいんだがな」
白い法衣をはためかせる彼を見て、皆は沈黙――いや、唖然としていた。
「《救世》」
彼が右手を構えた瞬間、手の甲に刻まれた紋章は輝き、白い光の糸が魔物で満ちた戦場に広がった。
まさしく一瞬、という速度でナイト、ロード級の魔物が次々と消滅していく。
その白き光は疲弊しきっていた騎士達の意思すらも奮起させ、空を見上げさせるほどだった。
努力も、苦労も、苦痛も、時間も、その全てを無に帰す白い光は何もかもを洗い流していく。
「あと半分か……もうそろそろだな」
「すごい……これが」
そう言ったのは、インティだった。
しかし、彼もそうだが、誰もが疲弊しきっていた。だからこそ、それに気付かなかった。
黒い瘴気を纏った何かが、彼に向かって高速で近づいてきている。
善大王は《皇の力》を起動している為、簡単に避けることはできないだろう。
そもそも、気付きさえしていない様子だった。
だが、橙色の何かが横切り、黒い瘴気を視界の端へと吹っ飛ばす。
「さて、これで終わりだ!」
まさに瞬く間、何日も戦っていたとは思えない速度で、魔物の軍勢は全て消えてなくなってしまった。
無数に残っていた光の糸は主へと戻っていくように、城壁の上に立つ男へと集っていく。
無数の白い光を束ねていく皇の姿を見た誰もが、神の存在を想起していた。
遠くから見ればこそ、その神聖さはより高まり、近くで見てもなお、その御業の凄まじさにひれ伏してしまう。
黒の消えた綺麗な戦場を一瞥し、彼は高らかに宣言した。
「善大王、遅れながら帰還した!」