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シナヴァリアはアルマの攻撃を確実に見切り、次々と避けていく。
そうして魔物との激戦区にまで移動し、魔物を盾にしながら相手の決め技を封じていた。
こうなると、アルマも全力では戦いきれず、シナヴァリアのような驚異的機動力を持つ相手を仕留めきれない。
彼女は強力だが、彼女の技は飽くまでも体技、もしくは魔物の力を纏った物理攻撃にすぎない。
術のように除外文を設定できない以上、密集地での攻防には適正がないのだ。
対するシナヴァリアも格闘型だが、彼の場合は攻撃を浴びせる必要はない。アルマの相手をし、ただひたすら逃げながら時間を稼げば良いのだ。
勝てない相手とは戦わない、これは戦略家の彼だからこそ思いつくやり方だった。
逆転や努力は考慮しない。やる前から勝てる相手としか戦わず、負ける相手には勝負を挑まない、これが定石だ。
しかし、この場においては戦わざるを得ない。だからこそ、時間稼ぎを選んだ。
「戦わないの? あたしを殺さなきゃ……」
アルマは騎士の一人に目をつけると、足下から黒い瘴気を迸らせ、急接近する。
シナヴァリアであれば対処できる攻撃だが、一兵士ではこれに対応することはできなかった。
「へぇ、できるじゃない」
「……ッ」
シナヴァリアはアルマの前に立ち、彼女の抜き手を両手で止める。
騎士は何も言わず、その場を離脱した。
そこで近接戦に移行すると思いきや、彼は素早く転がるようにして離脱する。
アルマは子供らしく、つまらなさそうな顔をし、逃げていく騎士を一瞥した。
「なにそれ」
「一瞬であれば、あなたを止めることはできる」
「へぇ、やっぱりあたしとやる気はないんだ。つまらないの」
「……凡人風情が、あなたに勝てると思うほど、自惚れてはいませんよ」
「よく言うね。シナヴァリアさんは才能の塊みたいな人じゃない」
シナヴァリアは自嘲し「私が? 姫は面白いことを言う」と言った。
「あたしは姫じゃ――」
言いかけ、アルマは咄嗟に防御態勢を取った。
冷血宰相は必要な場面ではないにもかかわらず、徒手空拳で攻撃を仕掛けたのだ。
これは完全なミスだったのだが、いざ攻撃を受けたアルマはそうだとは思っていなかった。
「本当に、よく言うね。あたしを油断させる為?」
軽口だが、今の攻撃は明らかに彼女が反応できる速度ではなかった。
ほぼ魔物に変異しきっているからこそ、攻撃を受けても構わないという前提で防御をして、ようやく防げたという攻撃だった。
浴びせられたところで問題はないのだが、それでもこの土壇場で予測を越えてきたことには、素直に驚きを抱いている。
「所詮、この程度ということですよ。私の力は凡百のそれにすぎない」
「……」
「拳で頂点が取れないと分かって、私はすぐに諦めましたよ。利口に、賢く、効率的に――ただ、諦めたところで、政務が向いていたということもありませんでしたが」
さすがのアルマでも、言わんとしていることは理解できた。
そもそも、彼が出自がどこであるかを考えれば、すぐに分かることなのだ。
「シナヴァリアさんのトシからしたら、前の風の巫女に勝てなかった、ってことね」
「……その通りですよ。そこで諦めず、真摯に努力を続けられたならば、私はこの拳を誇っていましたよ。ですが、私は逃げた。そして、それを後悔もしていない」
「でも、そんな力であたしを止めようとしている。口ではそう言ってるけど、すごい未練がましいよ」
「……取るに足らないと思っているからこそ、これを二つに数えているんですよ。一人に任せるよりは、マシだと」
彼は自身を兵二人分と数え、戦っているといった。
ただ、これは二倍戦力ということではなく、人並みよりは優れていることを示しているだけにすぎない。
「ただ、今のは悪手でした」
「ほんと。意外だったね」
皮肉なことに、彼は挑発に乗ってしまったのだ。
というより、挑発でもない言葉をそれと受け取り、攻撃を仕掛けてしまった。
明らかに悪手だった。
速やかに黒い瘴気を纏い、アルマはシナヴァリアに迫る。彼は逃げるではなく、最後まで抵抗することを選んだ。
しかし……。
「あの光……」
空に浮かぶ白い光を見て、アルマは攻撃を中断した。
そうして隙だらけになった魔物をみながらも、シナヴァリアもまた、攻撃を止めた。そして、空見て――笑った。