5C
「定期的に、見ていましたね」
壁の外に出た瞬間にそう呟くと、城壁の上から裸体に拘束具を纏ったアルマが降りてきた。
「気付いてたんだ」
「はい……ですが、あなたは忍び込み、誰かを殺そうとはしなかった」
「うん」
「何故ですか」
「なんとなく」
「騎士に恨みを持っているんですね。あなたを傷つけた騎士に」
アルマは明確に嫌悪感を滲ませたが、すぐに明るい笑みを――冗談のような笑みを見せた。
「なんのこと? アルマ分かんない」
「教会は騎士を焚きつけ、あなたを襲わせた」
「……」
「騎士が悪くはない、と言うつもりはありません。彼らにも根源があった。しかし――」
「正直、どうでもいいこと。ほんとーにどうでもいいこと。あたしが滅茶苦茶にされただの、穢れただの、もうどうでもいいことなの」
シナヴァリアは彼女の顔をじっと見つめた。
多くの人間を見て、それを管理してきた男は、彼女の発言が全くの嘘ではないと見た。
「本当は、ただ力が欲しかっただけなの」
「あなたは強さを持っていた」
「まっさかぁ?」
「優しさという強さを持っていた。私の持っていない力だ」
「それが、私の一番嫌いな……大っ嫌いな力だったの。ただ優しいだけじゃ、何もできない。誰も助けられないし、何も解決できない――できなかった!」
彼女が魔物を受け入れた本質は、男達に犯されたことなどではなかった。
結局のところ、あの行為の末に、彼女は自分の無力感を再確認した。
幾度も幾度も感じ続けていたそれを、己の身を持って真に理解したのだ。
そして、それを覆す機会を得たからこそ、彼女はそれに乗っただけだった。
「……でも、今は違うよ。あたしはみんなを助けられる。あたしの仲間を、この手で守れる……これほど嬉しいことはないの」
「あなたは人間だ」
「フフッ……あたしが人間? そんなわけないじゃない」
「人を殺めることは悪しきことだ。しかし、それで人間でなくなるわけではない」
「倫理のお話? アルマ、そういうの嫌いなんだよね」
「……」
「それに、そういう話じゃないの。アルマはもう、本当に人間じゃないの」
シナヴァリアは目を大きく見開いた。
「あたしの体は……このちっちゃい体の、皮の下はもう」
彼女が胸の部分を締め上げていた拘束具を無理矢理引き剥がすと、どろどろに溶けた黒い何かが窺えた。
それは血などではなかった。もっと粘り気を帯び、生物としての脈動を感じさせるもの。
「蛹ってね、中身がぐちゃぐちゃで、どろどろになって、新しい体を作るんだって。あたしの体も同じ、あと少しで……あたしはこの体を引き裂いて、新しいあたしになるの」
冷血宰相はことの重要性をついに理解した。
アルマは本当の意味で、魔物となっていた。
彼女は人を殺す度に、中身が溶けていたのだ。
それは自身を真に魔物に作りかえる為の過程であり、快楽もこれが原因であった。
多くの人間を殺した彼女は、もう人間ではなくなっていた。
人間であった部分は、もはやこの外側だけだった。
「もう全ては決まっているの。シナヴァリアさん、あなたとあたしは、ここで殺し合うしかないの……魔物と、人間として」
 




