神の右手
――壁外にて……。
「やっと来たね」
アルマは振り返り、魔物の軍勢を見つめた。
まさに最終戦争かのように、そこには以前の襲撃の比ではないほどの魔物が集結している。
対する光の国側だが、アルマや変異型との攻防で疲弊しきり、明確な死者もかなりの数出ていた。
とはいえ、犠牲者数は見込みよりは少ない。タグラムの咄嗟の策が、結果的に部隊防御力を上げ、圧倒的な力を身につけたアルマの猛攻を耐えきったのだ。
だが、それもここまでだった。あの数の魔物――それも、ナイトやロードの大部隊を防御陣形で防ぐのは不可能だった。
「ここまでか……」
さすがのタグラムも諦めかけた時、魔物の軍勢を避けてきたような形で、シナヴァリア率いる前線軍が戻ってくるのが見えた。
「あれは……」
「宰相の軍だ!」
兵達の士気が露骨に上がったのを見て、タグラムは眉を顰め「あの男は宰相などではないだろう!」と叱りつけた。
明らかな嫉妬による叱責ではあったのだが、そう言った当の本人でさえ、彼の到着には安堵を見せた。
騎馬の兵や、徒歩ながらも人間離れした速度で走るシナヴァリアが先んじてタグラム部隊と合流した。
「状況は」
「どうにか凌ぎきってはいるが、防戦一方だ。相手の魔物は大したことはないが――一体、驚異的な魔物がいる」
「……分かった。タグラム殿はしばし休まれるといい」
「邪魔と申すか」
「この戦い、短期決戦は望めない。この私も、何度か休憩を取るだろう」
それを言われ、神皇派の首領は仕方ないと言いたげに、城壁の中へと入っていった。
「兵にはしばらく戦ってもらう。だが、あの部隊が合流し次第、速やかに休息を与えよう」
休息などいらない、などと言う者達も多く居たが、シナヴァリアは厳粛な態度で「その言葉は、数日後に言ってもらえるとありがたいのだが」と告げた。
そう言うと、冷血宰相はかなり目減りした変異型を確認していき、アルマを見つけようとした。
しかし、どこにも彼女の姿はない。
「戦闘はどれだけ続いている」
兵からの返答を聞き、シナヴァリアはただ頷くだけで、特に何かを言うことはなかった。
「(いくら強力になったといっても、体力は無尽蔵ではない、か。だとすれば、そこが決め手となるかもしれない)」
彼の頭の中には、複数の策が浮かび上がっていた。
一つは、ここに居る騎兵を引き連れ、どこかに退いたアルマを見つけ出すこと。
弱っている内に彼女を打ち倒し、今後の安定を取るという策だ。
もう一つは無茶をせず、今後もアルマを疲弊させるような戦いを行い、被害を小規模に抑えるというものだ。
前者のような作戦が浮かび上がることが――最初に浮かび上がったことが、どれだけ異常かは明白だろう。
今の彼は、アルマでさえ葬る覚悟を持っていた。
「(……しかし、ここは耐えることを優先しよう。見つかる保証があるわけでもない)」
見知った相手を殺すことを先延ばしにしたわけではなく、彼はただ単純に、生き残りの確率を高めることを選んだ。