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ダーインは思いつかず、思考が止まるが、すぐに答えが浮かび上がってきた。
「医療部の管理官……か。エルフと共に葬られたことは聞いているが」
「我が兄クラークは善大王によって殺された。エルフなどという滅びかけの種族を守ろうとした善大王によってな!
兄は崇高な研究を行い、ついに完成へと至る……はずだった! あの場で善大王にさえ殺されていなければ」
「崇高な研究……?」
「あなたも見ていただろう? 聖女が見せた力……エルフの技法へと到達せんとしたのだ」
だからこそ、クラークは正気を保ったままに《光の門》を踏破できたのだ。
エルフの技法さえあれば、あの空間に満ちる意志に抗うこともできる。
だが、人間がエルフの技法を行使できる、ということは前例がなかった。
だからこそ、これが凄まじい研究であることはダーインは理解できた。できたが、もったいないと感じることはなく、呆れるような反応を示した。
「個人的な復讐、ということか」
「個人ではない。我が兄弟の復讐だ」
「逆恨みも甚だしい。善大王様はすべきことをしたに過ぎない」
「私の兄の二人がこの国に殺されたのだ! 長兄のクラークは善大王に、そして次兄のマックは暗部によって殺された――宰相シナヴァリアの命令によって」
「マック……聞いたことのない名だが」
全く知らない名前が出たからか、困惑気味に答える。
「異世界へと跳躍する術を研究していた、偉大なる兄だ。暗部は兄の隠れ家を襲撃し、それ以来……兄は消えた」
「(異世界への跳躍……? そんな術が研究されていたなど聞いていないが)」
公式に発表されていないにもかかわらず、暗部が勘づいた以上、危険な人物であることは明白だった。
しかし、個人で行うにしては、明らかに過ぎたる規模の研究だった。
「エルフの技法、そして異世界への跳躍。私は偉大なる研究を行う兄達のようにはなれなかった。だからこそ、光の国に殺された兄達の仇を取るために、教会を利用して魔物と通じたのだ」
「では、バールはただの傀儡か」
「まさか、あの男は予備……いや、私こそが予備のはずだったのだろうな。組織は教会の支配権を握る為に、バールを懐柔し、私を潜り込ませた。
バールは組織の秘密を握ったまま死した。だからこそ、こうして私が裏から支配し続けることができたのだ」
組織の名が出たことで、ダーインは訝しんだ。
「組織……?」
「組織の力で教会の中枢に入り込めたからこそ、正統王家と繋がることも容易だった。信用できる男になるように振る舞い、操ることもできた」
「なるほど、貴様が王を操っていたわけか。自身の口から自供したことで、紛れもない事実となったわけだ」
「憤るのか? お前こそ、個人的な復讐をするだけではないか」
ダーインは明確な怒りを滲ませ、彼を睨み付けた。
「個人的な復讐だと? その通りだ、私は貴様と違い、それを否定する気などない。王に仇成す者は始末する」
こと王族に関して言えば、彼はシナヴァリア以上に凶悪だった。
それは冷血宰相が善大王に対してそうであるように、強い敬意が人を大きく変えることを示していた。
「始末する? ……やれるものならばやってみろ」
魔物の接近に気付きながらも、ダーインはバルバの撃破を優先することにした。
魔力などからして、倒すには時間は掛からないと読んだのだ。
彼は凄まじい勢いで、荒々しく《魔導式》を刻んでいく。
光芒が走り、光の粒子が散り、初級術を目指す。
バルバはただ笑ってそれを見ていた。《魔導式》を刻む様子は見られない。
「《光ノ二十番・光弾》」
「《闇ノ百一番・針地獄》」
「なっ……」
光弾が放たれるが、無数の針の内の一本に貫かれ、無力化される。
そのまま、地面から生える複数の針は周囲の人間に襲いかかり、ダーインにも迫った。
「(トリックではない――だとすると、これはっ……!)」
未知の技術の正体に気付きはしたが、ダーインの足の裏から生えてきた針を避けることはできず、一発を受ける。
痛みに呻いた瞬間、さらに肩、脇腹を貫かれた。
「これこそがエルフの技法だ! 兄が遺した研究は、あと一歩で完成していた証明であり、正しかった証拠だ!」
「あと一歩……貴様は、どうやって最後の一ピースを埋めた」
明確に弱りながらも、彼は問い続けた。
「分かっているだろう? 聖女様だ。魔物の力に侵蝕されてはいたが、エルフの情報を取るには十分な体だった」
「アルマ姫が、魔物の力に侵蝕……だと」
「ああ、だが悪いことでもなかった。本来ならば死ぬような実験を受けながらも、彼女は生き延びた。無駄に丈夫になったようだな、我らが聖女様は!」
それを聞いた瞬間、大貴族はバルバに向かって走り出した。