19y
――首都ライトロード、壁外にて……。
「魔物め!」
アルマとどこかで分かりながらも、男は斬りかかった。
その冴えは僅かに鈍っていたものの、かつてのアルマであれば確実に一太刀を浴びていたというもの。
しかし、彼女は避けるでもなく、体で――毒虫のような拘束具でこれを受けた。
刃は拘束具に食い込む。鉄同士が食い込むような感触ではなく、それは紛れもなく、硬質の肉に刺さるような感触だった。
気味悪く思った男だが、アルマにそっくりな顔に見つめられ、明確な戸惑いが生まれる。
その体は死人のようではあるが、そのぼんやりと光る目は魔物を想起させるが、顔は疑いようもなくアルマだった。
「み……こさ」
言いかけ、男の体は引き裂かれた。
黒い瘴気を帯びた彼女の手は、鉄の鎧を溶かし、人間の胴体を容易に解体してしまったのだ。
「こわくない……痛くない!」
彼女は浴びせられた一撃で覚えた痛みを、殺しの快楽で打ち消した。
高い興奮は何もかもを上書きし、彼女を殺人に駆り立てる。
「どうすればいいんだ」
「どうするって……」
誰もが困惑していた。
相手がアルマだと分かってしまえば、本気は出せない。
そして、たとえ出せたところで、ここに居る者達では彼女に相対することはできないのだ。
そうこう迷っている内に、後方を取ったワーカーが兵士の命を奪い去っていく。
「このままじゃ、首都は……」
絶望的な状況の中、雄叫びが聞こえてきた。
「我らがいる! このタグラムの率いる部隊が!」
変異型の魔物やワーカーを薙ぎ払いながら、凄まじい勢いで精鋭部隊が近づいてきた。
「東部戦線の部隊だ!」
「助かった!」
軍の人間であれば、それがどれだけ心強いかは分かっていた。
ただ、一つの気掛かりはシナヴァリアではないということくらいだろうか。
だが、そんな心配をよそに、彼は猛将然とした様子で活躍した。
シナヴァリアはなにも、余った仕事を彼に割り振ったわけではない。適切だと判断したからこそ、彼を飛ばしたのだ。
こと統御と戦術指揮において言えば、彼は宰相よりも優秀だったのだ。
速やかに残存兵と合流したタグラムは、現状の把握に務める。
「未確認ですが、アルマ姫と思われる魔物が……」
「姫なのか? 魔物なのか?」
「分かりません。ただ、その実力は我々でも歯が立たず」
「うむ……その謎の相手はこの目で見定めるとしよう。まずは、倒せる相手から撃破する」
それまで散って戦っていた兵達が招集され、入り口の近くに固まった。
この盤面を見て、彼はすぐに攻めの体勢よりも、受けを取るべきだと読んだ。
謎の特記戦力が存在すると分かった以上、下手に散らせば相手に各個撃破を許すだろう、ということを読んだのだ。
そして、彼の狙った通りか、相手は入り口を目指して近づいてくる。
兵は一体を数人で囲み、着実に撃破していった。
ワーカーに関しては一対一で戦い、飽くまでも変異型の奇襲を警戒するという戦術が取られた。
タグラムは大きく下がり、件の特記戦力の到来を待った。
「近づいてきます」と観測手。
「どこだ」
案内を聞きながら、彼は指定された位置を注視する。
そこには、まるで仲間を守るように躍り出た少女がいた。弱っていた変異型は下がり、彼女が十数人単位を請け負った。
「あれが、アルマ姫だと?」
「……」
彼女の手に、足から放出される黒い瘴気は容易に鎧を打ち抜き、肉体を攫っていく。
東部戦線で戦う者は、貴族側の騎士も居る。そうした騎士達は自己再生する硬質の植物を用いた鎧を纏っているが、それでさえ突破された。
「防具が機能していない……あの霧、なんだ」
彼はそれを見切った。
ただ単純に火力が高いのではなく、あの瘴気が防具破壊に特化している、ということに。
それに気付いたのは、貴族の騎士の防具が突破されたことにある。
使用者の光属性の導力を吸い込み、破壊部分が修復されるという性質上、その吸収速度を速めれば防御や抵抗は可能なのだ。
しかし、アルマの攻撃を前に、それは一度も機能せず切り裂かれている。
そして、なによりは溶けるのではなく、腐敗しているというのも決め手となった。
「穴を埋めろ! それと、あの魔物は動きを封じることに専念! 積極的に交戦することはさけろ!」
戦ってはならない類の相手、ということを彼は読み取った。
彼が指示した瞬間、戦闘の様式が明確に変わる。
今までは攻撃を受け、防御という形で応戦していたが、全員が回避に移行した。
ここまで誰もこのことに気付かなかったかというと、そうではない。
ただ、防いだ方がいいという場面では防御してしまう者が多かった。
タグラムの指揮は、それさえも許さず、攻撃への対応を回避にシフトさせた。
なにより、アルマを倒すのではなく、封じるという方針はとても都合が良かった。