17y
――光の国、首都ライトロードにて……。
いつか見た魔物とは違う、人型の魔物が現れたことで、首都は混乱していた。
ただ、その混乱はある意味理性を持ったものであり、逃げ出す民などは見られない。
彼らはローチとの戦いを通じて、魔物を恐れる感情を僅かに薄れさせていたのだ。
当然のことだ。アルマの加護の下――《星の秘術》による強化を受けていたとはいえ、彼らは魔物と戦ったのだから
しかし、本当に戦い出す者はおらず、城壁の外で戦っていたのは残存していた兵達であった。
「前線からの情報の通りだ! 我々でも押せる!」
光属性の術により強化された兵士達は、凄まじい速度で戦場を駆け、魔物を翻弄していく。
一人ではシナヴァリアのそれに到達し得ない身体能力だが、ここには無数の兵力があるのだ。
一対一ではなく、複数で囲んで各個撃破していく。
それだけであれば簡単な話だが、彼らはシナヴァリアが寄こした情報により、相手の特性なども理解していた。
情報を知られる。ただ、それだけで戦況は大きく変わる。対処する術さえあれば、困難は可能に近づく。
勝負は五分五分。いや、死者が出ていない分、人間側が優位に立っていた。
とはいえ、維持的な有利だ。魔物の撃破は速やかに行われるということもなく、長らく時間をかけてようやく一体という具合である。
長期戦になれば、ライトロード軍が危ぶまれるが、彼らは前線からの増援を信じて戦っていた。
「……これ以上は、やらせない」
戦場の雑音にかき消されながらも、少女はそう言った。
裸体を晒した少女はゆっくりとした歩調を整え、次第に速度を増していく。
「もう、殺させない……!」
瞳孔が縮み、彼女の目の前に蜘蛛の巣を思わせる黒い力場が形成された。
彼女は走る速さを緩めることなく、その力場へと突っ込み、強い抵抗感に抗うように前へと進む。
黒い糸はゆっくりと実体を帯びていき、拘束具のように彼女の体を強く縛り上げていった。
恥部は隠されるが、締め付けられた箇所は青紫に鬱血し、痛々しさが増す。
戦場に突如として現れた闖入者に、誰もが困惑した。
「エルフ……? いや、魔物か!?」
「だが、なんの魔物なんだ!?」
大抵の変異型は、虫のような部位を有していた。
しかし、彼女にそれはない。身に纏う拘束具は酷く醜いものだが、何の生物のものかは判断できなかった。
黒い髪の、気味が悪い死体のような肌をした少女。それをアルマに重ねる者は、誰もいなかった。
「仲間を、殺させたりしない」
その声を聞いた瞬間、兵士は顔色を変えた。
「まさか、姫――」
言いかけた時、男の体は強烈な蹴りを浴びせられ、肉が抉り取られた。
衝撃で吹っ飛ばされたのは、取り除かれた肉の部分だけ。命のなくなった体の大部分はその場に取り残され、地面に転がった。
「な、なんだあれは……っ! 姫様は! 姫様はいないのか!?」
魔物退治の専門家である彼らでさえ、逆転をもたらすアルマを求めていた。
あの奇跡を目の当たりにすれば、当然の反応だが、今目の前に居る相手が姫だというのは本当に皮肉なことだった。
「もっと……もっと!」
彼女は性的な高揚感を覚えると同時に、仲間が殺される怒りが吹き出し、戦意を異様なほどに高めていく。
黒い瘴気を纏いながら、動物的な機動で兵士に迫り、剣を噛みちぎる。
「なっ……!」
鋭い拳を打ち込み、転倒させるや否や激しいストンピングを行い、死した肉体から人の形を奪い去った。
彼女は戦い方を盗み、それを肉体に還元している。だからこそ、シナヴァリアのそれさえも、自身の技術となっていた。
「まさか、あれは巫女様ではないのか?」
「……確かに、似てはいるが」
彼女が戦場で何人も殺していくうちに、気付いた者達がぽつぽつと現れ始める。
髪や肌は変わっていても、顔の造形は変わらないのだ。少女とは思えない整った顔つきを見て、それを気付かない者はそうそういない。
だが、多くはそれを認めようとはしていなかった。




