16C
数日後、予見していた通りか、魔物の大移動が始まった。
とはいえ、当然予測していたことだからか、陣営は魔物の迎撃に移っていた。
「通すな! この場で押しとどめろ!」
高みに陣取ったタグラムが鼓舞をし、最前線の軍人達が空を跳ぶように魔物へと挑んでいく。
相手は勝手知ったる敵。怒濤の攻めは魔物を圧倒し、ナイト級、ロード級を次々と撃破していった。
「さすがは精鋭、負ける気などせんな」
「……妙だ。いや、見覚えのある盤面だ」
シナヴァリアは彼の横で呟いた。
「何が面白くないというのだ」
「以前、タグラム殿にこの場を任せた時があったな」
「……あのローチとかいう魔物が現れた時か」
「そちらは敵本隊と戦い、今のように有利だった。だが、私とダーインの部隊は小型のローチに妨害され、突破に難儀した」
「それがなんだというのだ」
シナヴァリアは戦場を指さし、語り出す。
「この優勢、作られたもののように見える」
「は?」
「相手はおそらく、リベラルとされる原始的な魔物だ。知性を有したオーダーの魔物がいるようには見えない」
「知ったようなことを……それに、魔物の言葉を用いるなど、邪に染まったか」
「それが正しい記号であるならば、使うのは当然だ」
彼はやはり合理的な思想に基づき、覚えたばかりの単語を使用していた。
「なにより、私が発見した変異体の魔物が見られない」
「なに……?」
タグラムは戦場をしばらく見つめるが「わ、分かるのか?」と困惑気味に言った。
それも当たり前のことである。戦場は数百単位の魔物、数千単位の羽虫が飛び回っている上、人間がそれ以上に駆けているのだ。
シナヴァリアは指揮を二人の代表者に任せる一方で、こうした観測手に徹していた。
優秀な観測手がいるのであれば、それを目にするのも有効ではあるのだが、良くも悪くも彼に比類する者はいなかった。
リアルタイムで状況を把握し、自分の考えによって指揮を飛ばす。これができるからこそ、彼は強かった。
「この大部隊は陽動と見るべきだ」
「まさか……」
「変異体が小隊規模で動いているとすれば、まず気付くのは難しいだろう。その上、彼奴らは気配の隠蔽を習得し始めている」
「そういえば報告に来ていたな。だが、あれは気配を完全に消し去るものではないはずだ」
「多少隠せれば十分だ。どれだけ警戒しようとも、小さな魔力の反応なら見逃してもおかしくない……この陣営を避け、遠回りすれば見つけるのは不可能だろう」
超長距離探知など、巫女クラスでなければできることではない。
視認にしても、陣営から遠く離れた地点を歩かれてはまず気付かないだろう。それはシナヴァリアにしても同じことだ。
「得策ではないのだが、タグラム殿に依頼したい」
「……なんだ」
「部隊の精鋭を率いて、首都に急行してほしい」
「何故、頼る。以前のように、あなたが行けばいい」
「今回は陣地を捨てる」
タグラムの顔に緊張が走った。
「少数兵を運用するならば、タグラム殿の方が適切だ」
「それだけか?」
「……」
「何かを隠しているだろう。言え」
「おそらく、我々が大々的に陣を引き払えば、彼奴らが奥手のを使うと思われる。その対処を任せるには、タグラム殿では不安だ」
彼は一応、それを言うことで、何が起こるかを理解していた。
だからこそ、一度は収めたが、二度も言われたとあっては吐いてしまう。本音を。
「それは言うことか」
「求められたからには、答えるのが当然だ」
「フン、やはりあなたは人を統べる才はないな……シナヴァリア殿」
そう言うと、タグラムは視線を逸らしながら「そちらの計画を教えてもらおうか」と、受け入れる体勢を取った。