14C
「俺がここでお前らと戦いたくないのは、俺等の世界の在り方の問題なんだよ」
「そちらの世界か」
「お前らは魔界と言っているが、俺達は《鏡面世界》と呼んでいる。そっち風にするなら、ディフィニットアウスと言ったところか」
「鏡面世界……?」
「ついでに、お前らの世界はウチじゃ《境界世界》と言われてるな」
全く関係ない話だからか、タグラムは無関心そうだが、ダーインは知られざる魔界の情報に強い関心を抱いていた。
「鏡面世界は、さっきも言った通り、そっちの世界とは真逆なんだよ。お前らが荒廃すれば繁栄し、逆に繁栄すればこっちが荒廃するって具合にな」
「だが、我々はそちらの繁栄を拒んだわけだ」
「その通り。今はそれにどうこう言うつもりはないが、鏡面世界は境界世界と違って、他人の気持ちを推し量るようなことはしないわけだ。
弱い奴を見つければすぐに叩き、そいつの強さを奪い取る。この戦争が始まる以前は、魔物同士の食い合いが多く起きていた――もちろん、今もうちの派閥に属さない奴らは続けているが」
「確かに、それならこちらの世界とは違うようだ」
「だから、俺が弱って帰れば、多少のリスクを犯すことになる。身内にやられることはないにしろ、道中で有象無象に襲われたら堪ったものじゃない」
「派閥の仲間に守らせればいいのではないか?」
「言っただろ、向こうの世界はそういう場所じゃねえんだよ。理性や知性故に、手を出しはしないが、手を貸してはくれないんだよ。喰われたらそれまで、そんな無能の世話を焼いてやるほど優しくはねぇ」
とても合理的な仕組みではあった。
というより、原始的であった。
当たり前だが、合理とは原始の裏返しである。下等な生物ほど無駄なことはせず、純粋に生存を目指す。
人ほどの高等な動物になれば、生存から脇道に逸れるようなことをするのだ。
それ故に、シナヴァリアのような余計なことを余計なこととして軽んじる男には、とても生き辛い世界となっている。
「お前らには関係ないことだろうが、俺達は今まで通りに生きている魔物を《リベラル》と呼んでいる。ついでに、うちの派閥は《オーダー》って言うんだが」
「だが、敵の敵は味方になり得ないだろう?」シナヴァリアは言う。
「当たり前だ。リベラルは七面倒くさいルールに縛られることのない、旧来の魔物だ。人間など餌としか思っていない――俺達オーダーにしても、利をもたらすのであれば生かすが、そうでないのであれば奴らとは変わらない」
変わらないと言われながらも、シナヴァリアは常に相手の顔を見ていた。
表情豊かで、対話をしている目の前の相手を見て、彼は本当に同じなのだろうかと考えていた。
「(確かに価値観は大きく異なる。しかし、オーダーとされる魔物の集団は――我々以上に人間の理想に近いのではないか?)」
彼は大きく思い悩んでいだ。
それも当たり前のことだった。教会という偶像に縋る光の国の――それもこの戦時中の醜態を見てきた彼からすれば、強く感じることだった。
人は得てして、対話する言語を有しながらも、対話しようとはしない。
聞こえる声を聞こえないものとし、自分の主張だけをし続ける。理を以てしても、相手に届かなければ対話の意味はないのだ。
逆に、魔物は大きく価値観を違えながらも、真の意味での対話が成立している。
彼らはただ現実を見つめ続けているからこそ、耳を塞ぎ、目を閉じることの愚かさを知っているのだろう。
知ることは大きな苦痛を伴うが、大きなアドバンテージを握ることになる。
だからこそ、彼らは不都合であっても、相手と語り合い、情報を獲得しようとする。
人々が真に理解し合う為に必要な能力であると同時に、人間である限りは手に入れることのできない能力だ。
「我々はそちらの力量を瞳で判断している」
「おおよそ間違いない。そちらの呼び方は気にくわないが」
「……別のものがあると?」
「ふっ、興味があるのか? ならば最初はこちらの話題から広げておくべきだったな」
冗談のような言い方だったが、彼は答える意志がないというわけでもなく、語り出した。
「下からワーカー、ナイト、ロード、バロン、カウント……これくらいで十分か?」
「つまり、お前はバロンというわけか」
「理解が早くていい」
「尖兵として使われていることから予想したが、さらに上位の個体がいるということか」
「……まぁ、カウントクラスの奴が出てくるとは思わないがな――さて、お喋りはこれくらいで十分か?」