13C
シナヴァリアは相手の真意を言い当てた。
「ほお、さすがに分かるか。当時はこっちの世界を滅ぼせば、最大の繁栄が得られると思われていたんだが、最近は別の研究結果が出たんだよ。ずばり、お前ら人間に絶望を吐き出す家畜になってもらう。これが最も効率的に繁栄をもたらす手段だと分かった」
「なっ――」
「その実験都市に選ばれたのが、この国だ。別の国には戦乱を、この国には不安を与えた。結果としては、お前らの国が最も利を生み出してくれた」
その時点で、三人は今回の事件の真相を掴んだ。
「シナヴァリア殿のせいで、こうなってしまったわけだな」
「……」
彼は何も答えなかった。
魔物が人類の知識を基盤にしているといった以上、人の不安がより効率的だと気付いたのは、彼の不正騒動が原因と考えることができたからだ。
ただし、タグラムがそこで口を挟まなければ全てが上手くいったと思うだけに、彼は罪を認める気にはなれない。
「教会のおかげで調査は捗ったぜ。向こうが人間を差し出してくれたから、変異体の研究も進んだしな――っても、共栄関係を結ぶというのであれば、これも今後行うつもりはないがな」
相手は悪意を隠しはしなかった。しかし、それ故に交渉の余地は存在していた。
人を家畜として運用する、という言葉の意図を想像しきることはできずとも、彼らの交渉を呑めば生存の道は確保される。
魔物と結託し、速やかに闇の国を撃破し、そこで裏切るという手段も存在するのだ――もちろん、逆のことを彼らがしない保証もなく、表立って暴れ出した魔物を抑えきれる確証もないが。
しかし……。
「魔物との結託など論外だ! 我ら、誇り高きライトロードの民が貴様ら魔物と通じるとでも思っているのか」
「どうする元宰相、こうなった時の為に二人も呼んだんだろ?」蝙蝠男は挑発気味に言う。
「そうだな……」
彼はダーインを顔を見合わせ、互いに頷いた。
「三人一致だ。魔物と結託する気はない。お引き取り願おうか」
その返答を聞き、タグラムは――そして、紅眼の魔物は驚いたような顔を見せた。
「本気か? あんたなら、ここは呑んでくると見ていたが」
「確かに、この条件なら受けるのが上策。もし、そちらが闇の国であれば、きっと呑んでいただろう」
「……ほーなるほどな」
この返答だけで、魔物は理解した。
利さえあれば、敵対者とでも結託する。しかし、それは人間の内でのこと。
相手が魔物という異形の怪物である以上、どんな条件であれ、呑む気などないと彼は断じたのだ。
「それで? 俺はどうする」
「……ここで狩る」
「できるとでも?」
「人間を舐めているようだな。我々はお前の仲間のローチを既に撃破しているのだ。決して勝てない、ということはあるまい」
タグラムはそう言うが、実際のところはかなり厳しいところだった。
なにせ、今回の戦いにはアルマがいないのだ。
「……まぁーな。おおよそ間違いでもねぇな。あのローチはどうにも研究結果を独占していたみてぇだし、本当のところ俺も、他の連中もあいつほどは強くないだろうな」
研究、という単語が指し示すのが、光属性への耐性であることはおおよそ予想できた。
故に、シナヴァリアは勝つ見込みが全くないわけではない、とも考え始める。
「無傷で勝利することは難しいのは認めるが、多少の手傷を負えば、お前らを殺し尽くすことは可能だ……ってことは忘れて欲しくないな」
その声をきっかけに、三人は戦闘態勢に移った。
「待てよ、待て。俺は使者みたいなもんだぜ? 交渉の席に座った奴を殺す奴はないだろ?」
「……どういうことだ」
「こっちにはこっちの事情があるのさ。だからまぁ、ここは見逃してくれないか?」
勝てる、と豪語しながらこの返答は奇妙で、三人は警戒を解こうとはしない。
「なら、事情を話そう。それで、お前らもこっちの――魔界って呼んでる世界の事情が多少は知れるだろうしな。いい取引じゃないか?」
シナヴァリアとしては、この提案は悪くなかった。
正直、紅色の瞳を持つ個体と戦ってただで済むはずがない、とは彼も分かっていたのだ。
それこそ、できるのは相手に手傷を負わせること。
せめてここで殺されるなら、最後まで抵抗する、という意図で彼は交渉を蹴ったのだ。
「分かった、聞こう」
「さすがは元宰相、分かっている」
四人は再び席に着いた。