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目の前にいたのは、大規模住居程度の巨大な蜘蛛型の魔物だった。
縞模様のごく普通な外皮とは裏腹に、複数の目は充血した人間の瞳に類似していた。
猟奇的な造形だなどとアカリは自嘲し、ダーインの隣に立つ。
「戦術は」
「君は火力で押してくれ。私は時間稼ぎを行う」
この戦い、言うまでもなく二人の側が不利である。
いくら《選ばれし三柱》が二人いるとはいえ、両者とも高火力を持った使い手ではない。
高速で近づいてくる魔物を前に、ダーインは《魔導式》を起動する。
「《光ノ六番・光縄》」
一本の大きな縄が伸びたかと思うと、それは瞬間的に分散していき、一気に百本にまでばらけた。
一本一本は凄まじく細い為、耐久度に不安などが見られたが、すぐにちぎられる様子はない。
この術をみた途端、アカリは絶句した。
術というのは基本的にどのような事象が起きるかは確定している。
炎弾を大きく、早く、爆発力を高められることはアカリの知るところだが、ダーインはその術の形式そのものを歪めている。
さらに、よく見れば分散した数は四百にまで至る。発動の途中でそれら四本ずつが一本になり、視覚的には百本に見えていた。
言ってしまえば導力によって作られた強化糸だ。
術者としての技量が明らかに違う。経験や才能という次元ではなく、全てにおいて自分よりも上手の存在だと、アカリは瞬時に見極めてしまった。
「(なら、負けてられないでしょ)」
自分はそのような小細工はできない、そう自負しながらも、アカリは勝ち気に、単純ながらも出せる最高順列の術を創りあげていく。
「《火ノ二百一番・劫火灼葬》」
小さな館に匹敵するほどの火球が生成され、それが魔物に向かって放たれる。
《火ノ十番・火球》の超強化系といえる術なだけに、突出した面はなく、ただ火力が高い。純粋で使いやすい術だ。
攻撃終了後、魔物の四肢を縛り上げていた縄が引きちぎられ、活動が再開する。
またもやダーインが動きを封じるのかと思いきや、彼は別の《魔導式》を展開していた。
足止めは期待できない、そう判断してアカリは移動しながらも順列を落とした術を放つ。
「《火ノ五十五番・爆火》」
手のひら大の火球が投げ込まれ、衝突と同時に中規模な爆発を発生させる。
巨岩をも砕く術のはずだが、魔物には一切効果がなく、進撃は止まらない。
「火力に集中してくれ」
「でも、これじゃあ」
魔物がある一点に到達した途端、黄色に輝く巨大な炎が現れ、動きを封じた。
「(火属性? でも、あんなの聞いたことがない……それに、ダーインは光属性使いのはずじゃ)」
疑問を浮かべながらも《魔導式》を展開し、恙なく術を発動していく。
そうこうして三、四巡ほど同じような方法で戦った。
謎の炎の正体はダーインから明かされず、それでもアカリは術を放ち続ける。
ダーインの《魔導式》は未だに展開中。そもそも、《魔導式》を用いない術自体、アカリからすれば不可解でしかなかった。
《魔技》というには威力が高すぎる。《超常能力》ならば術は使えないはず。そんな考えが彼女の頭を支配していた。
「……げろ!」
「えっ」
「逃げろ!」
そこでようやく、自分が呼ばれていることに気付き、アカリは逃亡姿勢に入った。だが……。
巨躯による疾走は予期せぬ速度にまで到達し、通常ではあり得ない莫大な質量の衝突によって、アカリの体は弾け飛んだ。
嘲るように、藍色の瞳がアカリに向き、そのまま魔物は通過していく。
腕や足などが引きちぎれ、肉片がバラバラと地面に散らばっていく。
幸い残った頭は、そうして四散していった己が肉体を瞳に収めた後、ゆっくりと機能を停止していった。
刹那、急激に意識が覚醒し、アカリは目を覚ます。




