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タグラムは馬鹿げた話と切り捨てたそうな様子だが、シナヴァリアとダーインは顔を見合わせた。
「あり得ると思うか」
「魔物の進歩の速度を考慮するに、十分あり得ることかと」
戦争初期であれば、信じることはなかっただろう。
だが、彼らはこれまで、多くの進歩を目の当たりにしてきた。
獣も同然だった怪物は時を追う毎に成長し、件のローチの魔物は人類の変異という手まで取ってきた。
「では、具体的に詰めていきたい。条件を述べてくれ」
「俺達魔物は、お前ら人間への攻撃を中断する。もちろん、闇の国との連携も希望とあれば解除しよう」
「人間側には何を要求する」
「要求なんてない。ただ、俺達と共栄関係を結んでくれれば良い。互いに利が得られるようにな」
「古くさく生け贄やら供物を要求するのかと思えば、随分と甘いものだな」タグラムは余裕げに言う。
「そんなものを要求すれば、お前らは呑まないだろ? 俺だって、こっちの世界を長らく見てきたんだ。そのくらいは分かる」
「なるほど、これならば良いかもしれないな。よし、受けてもいいだろ――」
「ならば、何がそちらの利となる? こちらは魔物が退けば、それだけで利になる。だが、お前達はそうした利益は得られないはずだ。もし、退くにしても善大王様の首か、ローチを葬った姫の身柄を要求するのが当然だ」
シナヴァリアは常に利を見ていた。
性質が近いからこそ、互いに信頼取引などが成立しないことを分かっていたのだ。
「正直言えば、善大王は脅威だ。向こうの大陸でも見たが、あいつがいれば俺達の障害になるだろうな」
向こうの大陸、という言葉を聞いた瞬間、シナヴァリアは無自覚に笑みを浮かべてしまった。
音信不通となった善大王が当初の予定通り、魔物が脅威を覚えるほどの活躍を大陸でしているのだと知ることができたのだ。
だが、すぐに感情を抑え、相手の様子を窺う。
「だからこそ、あいつが帰ってくる前に話を付けたいというのが本音だな」
「命まで奪うつもりはないと」
「もちろん、奪うつもりはない。むしろ、奪う必要がないな。人間は多数派の意見が強く、皆が戦うことを否定すれば、あの男も戦えない……だろう?」
それは、彼が雷の国で行っていたことを考慮した上での発言だった。
あれほど絶対的な力を持つ男であっても、人を説得しないことには動けないのだ。
「うちの学者連中が言うには、人間は誰の意図かは知らないが、この世界に近いらしいぜ。だからこそ、この交渉は上手くいくと踏んだ」
「(世界に近い……? どういうことだ)」
疑問を覚えるが、彼は相手の真意を探る為に、さらに深く突っ込もうとした。
「話が逸れたな。魔物側の利はなんだ」
「良くも悪くもリスクカットってところだ。雑兵が幾ら死のうと知ったことではないが、俺達のような特別な存在でさえ、平等に即死ってのが気に入らない」
良くも悪くも、魔物の知的階級は恐れを抱いているようだ。
しかし、それは当たり前だ。藍眼の魔物でさえ紅眼の魔物とは絶対的な実力差がある。
それこそ、国の連合体でようやく撃破できる、という戦力だと考えると、その力量差は計り知れない。
そんな個体であっても、善大王の力の前では一撃死ともなれば、恐れを抱くのは当然だ。決して、安い命などではないのだ。
持つからこそ恐れ、持たないからこそ恐れずに済む。当たり前のことだった。
「理解できる話ではないか。いつまで強情を張っているつもりだ?」タグラムは受け入れる体勢で居た。
「……ならば、最後の確認だ。先ほど、後で話すと言った内容を語ってもらおうか」
「そうだな。このタイミングが一番ちょうど良いな」
そう言うと、魔物は迷うことなく、語り出した。
「お前らは、どうして俺達がこんな速度で進化できたと思う?」
「……人間の知識を吸収したからか?」
「半分正解だ。俺達はこの世界に来て、お前らの――この世界の人間のやり方を学んできた。だが、それは見様見真似だった頃の話だ」
「何が言いたい」
「俺達の世界は、お前らの世界とは反対なんだよ。お前らが繁栄する度に荒廃し、お前らが荒廃すれば繁栄する。そういう世界だ」
「……」
「人類の歴史を基盤に、俺達は自分で考える力を獲得した。向こうの世界はこっちよりも遙かに発展しているぜ?」
「優れているからこそ、余裕があるということではないか?」
「違う。こいつらの目的は、人間の絶対的な支配だ」
 




