7C
進んだその先に、何かが蠢くのが見えた。
目を凝らすと、それが人型の何かであることは分かった。しかし、数が数なだけに、そうとは思えなかった。
「まるで虫のようだ」
小声で呟き、敵を一瞥する。
彼らは人の姿に近いが、その生態は大きく異なっていた。
個体数は優に百を越えるだろうと思われるが、それこそ虫のように、身を寄せ合っている。
人であれば、ある程度の距離感を取るが、それがない為に人間形であることが曖昧になっていた。
彼は数を確認した時点で、撤退しようとした。
さすがの彼も、この数の魔物を単騎で撃破できるわけがない。
そしてなにより、彼は死ぬ気などなかったのだ。危険があると分かった上で、老婆心から通信を行っただけだった。
幸いなことに、魔物は反撃をするようなこともなく、去っていく彼を見逃す。
だが、それは最初だけのことであり、背を向けた彼に次々と魔物が襲いかかってきた。
彼は殺しきれないと分かりながらも、各個撃破しつつ、洞窟の中を走り抜ける。
攻撃が行われる度に、一瞬で魔物の全身を捉え、人間の部分に向かって致死級の攻撃を叩き込んだ。
先の例の如く、人間として死ぬダメージを与えた時点で、魔物は沈黙していく。
変異した部分は例によって、とてつもなく強固だった。
しかし、そうでない部分は人間のそれと同じ。風の一族の彼が全力で放つ一撃であれば、死に至らしめる程度は造作もないことだった。
そうして入り口の光が見え始めた頃、異質な気配を感じ取り、彼は振り返る。
「……仲間を、殺さないで」
急に聞こえてきた、明瞭な言語にシナヴァリアは息を飲んだ。
「何者だ」
しばらく経っても、返答はなかった。
時間稼ぎとも訝しむが、別の魔物が来る様子はない。
暗闇には、一対の黄色い光が揺らめいていた。
「(……見たことのない目だ。新型か、それとも)」
さらに意識を集中すると、相手の姿がうっすらと見えてくる。
なんということか、それは今まで見た魔物とは違い、ほとんど人間としか言えないような者だった。
長い髪の、裸の少女。まるで人のようにも見えるが、不気味な目の輝きは、そうだと感じさせない。
「仲間を、殺さないで」
「……対話の意志はないか。ならば、ここで消す」
彼は一対一であればと、勝負することを選択した。
このまま洞窟の外に走り抜けたところで、それで勝負が終わるわけではない。
なにより、そうして逃げることをこの魔物が許すとは思えなかったのだろう。
彼は抑えていた魔力を解放し、自身の肉体に還元した。
一騎打ちともなれば、術を使う猶予はない。こうして近接戦に持ち込み、相手を圧倒するしかなかった。
一発目の拳が魔物の体に突き刺さるが、魔物は仰け反ることもなく、攻撃を受ける。
不気味に思いながらも、彼は幾度か攻撃を行った。
しかし、どんどん当たらなくなっていく。魔物は無駄なく、彼の攻撃を避け、ついには反撃に移った。
「(やはり、かなり高い知性を有した個体だ。生かしておけば、あの魔物らが余計に知識を付けかねない)」
彼は考えながら、素早い突きを躱した。
だが、それだけでは止まらず、魔物は追撃とばかりに身を寄せて二撃目を繰り出してくる。
こればかりは避けきれず、彼は拳をもって迎撃に移った。
導力を纏った拳が衝突し、二人は互いに後方へと吹っ飛ばされる。
靴底を摺りながらも、彼は体勢を崩さず、相手に注意を向け続けた。相手もまた、同様に体勢を維持している。
彼は手の痛みに気付き、ちらと改める。
すると、拳が擦れていることに気付いた。
「(風属性の防御を突破する……か)」
彼は拳の衝突の時点で、相手がただの素手ではないことは感じていた。
しかし、その正体は見えていない。彼の知らない何かしらが使われている、ということが分かるだけだった。