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シナヴァリアは周囲の洞という洞を巡った。
魔物が潜伏できるとすれば、そういう場所くらいだと判断していたのだ。
ただ、全くもって考えなしに、手当たり次第に探したわけでもない。
彼は人里からそう離れていない場所に目を付け、そうした地点を優先的に巡ったのだ。
既に何日か経ち、彼は戦線に戻ることもなく、休息も野宿で済ませている。
いち早く見つけなければならない、という思いもある一方で、彼は発見後にどうするかを未だに考えていた。
そんな時、一つの洞に気配を感じ、立ち止まった。
目視した時には何も感じなかったが、まさに目の前という地点にまで到着して、ようやくそれが感じ取れるようになる。
彼の探知能力が低いというわけではなく、明確に魔物が隠れようとしている、ということが分かった。
「(この進歩、やはり看過できないな)」
存在を完全に隠蔽する魔物と比べれば、程度の低い相手とも思うかも知れない。
しかし、この例はそもそもが違う。件の魔物は自身の能力により、そうした隠蔽が行えていた。
だが、この魔物の隠遁率は相当に低い。それこそ、人間が技術によって、魔力の放出を抑えるのと同じほどに。
つまり、彼らは自身の能力とは関係なしに、存在を隠す手段を獲得しつつあるということだ。
術者や鼻の利く者ならばともかく、戦闘に集中している兵であれば、こうした微弱な気配は見逃す可能性が高い。
彼が脅威を覚えたのは、そういうところにあった。
増援を率いて襲うのが定石ではあるのだが、彼は通信術式を開き、戦闘の準備を整える。
「ダーイン、敵の拠点を発見した」
『! ……宰相、それはどういう』
彼は驚くダーインを無視し、座標を伝えた。
「これを周知しておいてくれ」
『やはり、一人で攻め込むつもりですか』
「ああ、事態は急を要する。そちらでは出発の準備を進めておいてくれ」
彼は飽くまでも冷静だった。
定石通りに動けば安定だが、それでは相手を逃がす可能性が高くなる。
だからこそ、彼は奇襲によって致命的な打撃を与える算段を立てていた。
ただ、それを考えてもすぐに実行しないのが、彼の強みだった。
自分の勝利を確信せず、万が一の手を打っておく。どうしても基本を外れなければならない、という状況でも、その判断はしっかりと基礎に通じていた。
『それほどの脅威、と』
「奴らは高い戦闘能力を有している。そして、我々人間に近い能力も、獲得しつつある……だからこそ、早めに手を打つ」
『分かりました。ご武運を』
通信が切れると、シナヴァリアは魔力を最大限まで抑え、洞の中に入っていく。
暗闇の中だが、彼は入り口でしばらく立ち止まり、目を慣らした。
ほどなく、視界が良好になる。
風の一族ということもあり、その速度も、闇を見通す目も並ではなかった。
洞窟は決して広くはなく、直線に伸びていた。穴も掘られてはおらず、自然の形のままである。
「(餌が入る可能性を考慮して、か)」
気付くと、真上から刃が伸びてきた。
彼は見ることもなく、真横に移動し、攻撃を回避する。
「闇に慣れているのは能力か? それとも――」
襲撃者は返答もなく、そして声もなく、再び攻撃を仕掛けてきた。
だが、今度は避けない。彼は寸でのところで刃を掴み、そのまま地面に叩きつけた。
そこに居たのは、ほとんどが魔物に変異しながらも、人のように二足歩行を行っていた存在だった。
予期せぬ実力者との遭遇に、魔物は逃げだそうとするが、シナヴァリアは魔力を放出せずに徒手空拳を叩き込んだ。
その一撃で怯んだのを確認すると、彼は首を締め上げ――そのままへし折った。
すると、顔や手足のない人間の胴体だけが残り、黒い粒子が散らばる。
「(どうにも、人間と近いらしい。人として死せば、肉体を維持できない、か)」
通常の魔物では考えられないほどの、強烈な脆弱性だった。
彼らは進歩のスピードを早める代償に、人間の弱さまで組み込んでしまったのだ。
人殺しにも等しい行為を行いながらも、シナヴァリアは気にすることなく奥へと進んでいく。