5C
――光の国、東部戦線にて……。
「……」
シナヴァリアは何かが近づいていることに気付き、自身の真後ろに向かって回し蹴りを放った。
見ずに放った一撃だったが、その蹴りは魔物の胴体に炸裂する。
「……これが事件の真相、か」
彼はそう言うと、早歩き気味に近づき、追撃を行おうとした。
しかし、その魔物は大きく飛び上がり、後方へと逃れる。
そこで魔物の姿が鮮明に確認できるようになった。
足はバッタのそれを思わせ、腕はカマキリの鎌のようなものに変異している。
しかし、胴や顔は青年のそれであり、一瞬で魔物と判断するのは難しい相手だった。
「(二人は奇襲で仕留め、残り一人はあの姿で惑わし、殺したか……確かに、そこまで削れれば小隊規模でも殲滅できるな)」
彼は冷静に状況を確認していった。
魔物にしても、羽虫にしても、彼らは隠れて行動するということはそこまで多くはない。
その上、大型の魔物であればそもそも隠れることができず、羽虫であればここまでの戦闘力を有することができないのだ。
まさに、目の前の魔物はそのハイブリッド。鈍色眼の魔物に届かないものの、羽虫を遙かに上回る戦闘力の個体だ。
シナヴァリアでなければ、単騎での遭遇はすなわち死だろう。
「……ネェエエエエエエエエエエエエエエエエエ」
叫びを上げながら、高く飛び上がり、鎌を構えた。
「浅い」
彼は迎撃態勢を取り、迎え撃とうとする。
しかし、片方の鎌が伸び、シナヴァリアの右手を掴んだ。
そのまま、彼の体は空から迫り来る魔物に引き寄せられ、接触のタイミングは大きくずれる。
もう一本の鎌は鋭い刃のように煌めき、人の体など容易に両断できるだろうと感じさせた。
「読み違えたな」
だが、シナヴァリアはそもそもが規格外だった。
彼は自分の腕を掴んでいた鎌を引きちぎり、右手を自由にする。
しかし、真の目的は拳打などではなく、体を動かせるようにすることだった。
彼は魔物の腕を掴んだまま、まるでロープの代用品とするかのように大きく身を振り、魔物の背後に飛んだ。
跳躍能力だけの魔物は対応できず、真後ろから放たれる強烈な踵落としを避けることもなく、そのまま地面に叩きつけられる。
「タ……ケ……」
地面に叩き落とされた魔物は、命乞いでもするかのように、何かを呻いた。
しかし、シナヴァリアは普段と変わらない仏頂面で、じっと見つめたままである。
彼はそこで、改めて魔物の顔を見た。当然、知っている顔ではないのは確かなのだが、問題は別のところにある。
この魔物はほんの少し前までは赤子だったのだ。にもかかわらず、この個体は明らかに青年のそれにまで成長している。
「(まだ生き残るがいるとすれば、早めに淘汰しなければならない、か)」
シナヴァリアは今後の計画を粛々と立て、眼前の敵を睨んだ。
これほどの速度で成長する魔物を放置すれば、後々大きな障害となると彼は読んだのだ。
そして、この一体だけではないとも見ていた。
「仲間はいるのか?」
「……ギギ」
「なるほど」
彼はすぐに会話が通じないと判断し、風の導力を纏った足でストンピングを行う。
その怒濤のような連続攻撃により、魔物は息絶え、人の肉片を残したまま黒い粒子となって消えた。
「……なるほど、こうなるわけか。これはやっかいかもしれない」
彼はそうとだけ呟くと、人のなり損ないを供養するでもなく、そのまま立ち去った。
今の彼にとって、感傷的になる時間さえ惜しいのだ。なるべく早く事態に当たらなければ、より大きな問題になると分かっていたのだろう。