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「交代だ」
幾度か瞬きをし、アカリは目覚めた。
魔界への道に到着した一行はその周囲にテントを張り、封印作業の補佐をしていた。
とはいっても、封印に必要なのは善大王一人。効率を意識するのであれば、複数人で一気に行うのが無難ではある。その場合は、文字通り一瞬で終わる。
ただ、この行事はいわば儀式のようなもので、善大王への試練という性格もある。
封印はほとんど一日中行われ、睡眠時間は四半日程度しか用意されない。
十二分な睡眠でこそあるが、娯楽を抜きにして封印を行い続けなければならないのは、紛れもない苦行だ。
これにはアカリも接触することはできず、遠くから護衛として善大王の姿を見守ることしかできなかった。
五日ほど続いた封印がようやく終えられた時、善大王はひどく疲弊した様子で一同と合流した。
そんな善大王を見てアカリが黙っていられるはずもなく、身分を弁えずに一目散に駆け寄った。
「善大王様、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。少しだけ調子が悪いから、帰りは……」
そう言い残すと、善大王は気絶した。
それを確認した途端、術者達が一斉に駆け寄り、治療系の術を発動し始める。
光属性、回復に関しては二番目に位置する属性なだけに、回復としての不足はない。
ただ、アカリはそんな状態に歯がゆさを覚えていた。
火属性では善大王を癒すことはできない、と。
結局、帰りは善大王を担架に乗せて運ぶことになり、位置は前衛の中央部分に回された。
陣形の都合もあり、アカリはそんな善大王の様子を見ることができない。
光属性の術者、それも上位に位置する数人だけが彼の周りに立つことを許されているのだ。
アカリが苛立ちを覚えた瞬間、後ろから誰かが彼女の肩に触れた。
「どうやら、最悪の事態になったらしい」
ダーインだった。
「ええ、最悪ですよ。なにもできない自分が不甲斐ないですよ」
「……それも含めて、だ。密に報告する、こちらに来てくれ」
その言葉を聞き、アカリは面倒さもあり「隊列から外れるわけにはいきません」と杓子定規な答えを返した。
「それは私が何とかしよう」
相手が貴族なだけに、それを実現することは可能だろうと、アカリは観念した。
隊列から外れ、少し後方で歩く二人を咎める者は誰もいなかった。
「単刀直入に言う、緊急事態だ」
「だから、何ですか。なにが起こっているのですか」
「魔物が出現した」
それを聞いても、アカリはなにも思わなかった。
「魔物ってなんですか」
「……それも知らないのか。簡単に説明する、善大王が対峙するべき異形の怪物だ」
善大王、と言う単語が出た時点で、アカリは態度を変えた。
「でも、善大王様は今……」
「彼がいれば穏便に済ませられたが、今は二人で動く他にない」
「強いんですか?」
「ああ」
アカリは考えていた。
そんな怪物が現れたのだとすれば、この最強の布陣で迎撃すればいい、と。
ただ、それはこの男も理解した上だろう。だとすれば、何故二人なのか、そこが大事だということに辿りつく。
「二人でいく理由はなんですか」
「魔物の存在を気づかれるのは面倒だ。そして、確実に数十人規模の犠牲が出る」
「……少数精鋭ってことですか。なら、シナヴァリア様を随伴させてはいかがでしょうか」
アカリが唯一尊敬する人物なだけに、戦力として数えるには十分と判断された。
「彼の雷名は私の知るところだ。だが、知られることの方が問題だ」
「……私をはめようとしています?」
「君はこの封印の意味を理解しているか?」
黙って頷き、アカリは次の言葉を待つ。
「魔物がこないように封印した、その上で魔物が現れてみろ。封印が不完全だった、ということになる。そして、魔物は近年は一度も姿を現していない、平和ぼけした人間において、その存在の証明は混乱を及ぼすかもしれない」
「世界秩序の為ですか。くだらないですね」
「善大王様の名誉を守る為でもある」
それを出されてはアカリも断るに断れない。
「しかし、何故魔物が? 封印はされたはずですよね」
「私がみた限り、封印自体は無事に行われている。おそらくは、この地に隠れていた個体だろう」
言い終えると、ダーインは目つきを鋭くした。
「行くぞ」
事態が急を要すると察し、アカリは走っていくダーインに続いた。




