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――水の国、スワンプにて……。
「まさか、ウルスさんが子供を育てるなんて、思いもしなかったよ」と老婆。
「まぁ色々とあったんだ。それで、あいつの調子はどうだ」
「あんまり明るい子じゃないね。ご飯は食べているみたいだけど」
ウルスは自分のホームでもあるスワンプに戻ってから、少年の世話を老婆に任せていた。
彼が子供の扱いを心得ていなかったということもあるが、実質的に補給路を断たれているこの町において、食糧の確保は彼にしかできない仕事なのだ。
魔物との遭遇はつまり、死を意味する。そうなってしまえば、誰もが尻込みするのだ。
彼の帰還以降、危険な狩りをしなくてよくなったこともあり、村人の全員が感謝を示している。
ただ、当たり前だが必要な食料の数が莫大で、彼はこの村にほとんどいない。
食料が未だに多い町まで馬車に乗り、帰りは新しい馬車を見繕い、大量の荷物を運ぶのだ。
もちろん、御者を調達する影響か、彼は往復の護衛を行わなければならない。結果的に、滞在できる日数は一日か二日に限られてくるのだ。
「分かった。ありがとう」
そう言い、彼は自宅に向かった。
世話を老婆に任せている、とは言ったが、全てを任せているわけではない。
「今戻った」
「ウルスさん、お疲れ様です」
「労いの言葉なんていらねぇよ。お前こそ、大丈夫か?」
家で待っていたのは、クオークだった。
ウルスが村を開けている間、この場所を守っているのが彼だった。
魔物と単騎で戦うには不足気味だが、こうして防衛をするにはこれほど頼りになる男はいない。
「最近はだいぶ数も減ってますしね。どうにか被害も出さずに済んでいますよ」
「ならいいが……」
言いながら、彼は部屋の奥に置いたソファーに座りこむ、一人の少年の顔を見た。
「相変わらず、辛気くさそうな顔してんなぁ」
「……」
「おい、ラクーン! 聞いているのか?」
「聞いているよ」
「そうして黙って座ってて、面白いもんか?」
「どうせ、ここには何もないじゃん」
「ま……あ、そうだな」
否定しきれなかったが、彼はすぐに反論する。
「本を買ってきただろ。それはどうした?」
「読めない」
「……なら、そこのクオークにでも習っておけ。読み書き程度はできなきゃ生きていけねぇぞ」
「……」
当たり前のことだが、文字の読み書きができる者というのは多くない。
冒険者でさえ、大半は必要最低限を理解している程度で、真っ当な文章を書く程度の能力を有してはいないのだ。
ウルスは孤児だが、天の国、光の国の時代と高度な知識に触れる機会があった為に、人並み以上に使えるだけである。
クオークにしても同じで、やはり特権階級の人間とそうではない人間には大きな差が存在していた。
「ったく、せっかく拾った命だってのに」
「だれも、救ってくれなんて言ってない」
ただの反抗ならばともかく、彼の目は死んでいた。
当たり前だが、親を失ったラクーンにとって、この世界には何も残っていないのだ。
何かを欲するという欲望を得ることは、貧しい生活の中ではなかった。
そして、それを獲得する前に、得ようとする意志を失ってしまった。
「ったく……」
彼はばつが悪くなり、椅子に座ろうとした。
しかし、すぐにクオークと目を合わせる。
「来たか」
「はい……通り過ぎることはないかと」
「なら、行ってくるか」
「ぼくも行きますよ」
「……そうだな。下手に長引かせるより、とっととケリつけたほうが良さそうだ」
二人は準備を素早く整え、家を出ようとした。
「ラクーン、しばらく家に隠れていろ。すぐに決着を付けてくる」
彼はそう言うと、返答も待たずに外へ出て行った。