人と魔物は違い、故に共に在ることはできず
――光の国、東部戦線にて……。
「ダーイン、これをどう思う」
「……魔物以外、と断じるのが妥当でしょうね」
「何故、私には聞かんのだ」
幕営の中に、普段はいない男がいた。
というよりも、今日は珍しく全員が揃っているだけであり、彼自身はよくこの場所を訪れている。
「私は人間の手によるものと考えた。そして、ダーインもそうだと言った。二人が合致すれば、それは妄想にはならない。違うか、タグラム殿」
「……気にくわない男だ」
口を挟みながらも、タグラムが文句を付けたのは彼の態度だけだった。
それはつまり、彼もまた同様の考えであるからだろう。
「しかし、こちらの兵がああも容易く殺されるものか? ……単独行動をしていた馬鹿がいるならばまだしも、小隊規模で動いている者達まで殺されているという話ではないか。認めたくはないが、魔物という線も見るべきだと思うが」
そう、この東部戦線では今、大きな問題が起きていた。
首都で起きていたことと同じく、騎士の殺害。
これ自体は戦場である以上、そこまで意外なことではないのだが、問題は殺害方法だった。
「数人の検死を行いましたが、あれは魔物や羽虫に襲われた傷ではありません。ですが――傷口から魔物の痕跡はうっすらと感じられました」ダーインは言う。
そう、騎士を殺したのが紛れもなく、人間であるということだった。
大型の魔物であれば、死体は残らないか、残っていても凄まじい部位欠損が見られる。
羽虫にしても、破壊の規模は人間が簡単に行えるようなものではない。
具体的に言えば、死亡した騎士は体を引き裂かれたり、首が刎ね飛ばされたりという具合なのだ。
魔物であれば、命を奪っただけでは止まらず、かなり死体を荒らしていく。
「魔物が死体を貪った線はあるか?」とシナヴァリア。
「なきにしてもあらず、ですね。しかし、命を奪ったのが人間であるのは確かかと」
「だから、ただ一人の人間に我が精鋭が殺されるはずがないと――」
「ともなれば、いつかのもどきか」
それでタグラムは黙り込んだ。
「生き残りがどこかにいる、とすれば……ですが」
「ああ、気後れをしたところで、相手を始末することはできるはずだ。その痕跡が僅かにもないのが奇妙だ」
魔物の死体は残らない。残りはしないが、人間ではない力の痕跡は確かに残るのだ。
それもほんの少しなどではなく、慣れた者であれば見落としようのない濃度で。
なにより、勝利すれば一人や二人は残るはず。それがない以上、一人相手に全滅したことになる。
件の人と魔物が混ざった個体や、人から生まれた魔物などは、そこまで高い戦闘能力を有してはいない。
「ならば、我が軍の中に裏切り者がいるとでも? ハッ、そんなことができるとすれば、あなたくらいのものだと思いますが?」
タグラムは皮肉を込め、シナヴァリアにそう言った。
しかし、おおよそ見当違いなことでもなかった。
純粋な近接戦だけで小隊を撃破するとすれば、彼レベルの能力が必要となる。
「とりあえず、調査をする必要がある。タグラム殿、しばらくは前線の指揮を任せたい」
「その為に呼び出したのか」
今まさに皮肉を言われたばかりだというのに、シナヴァリアは顔色一つ変えず、頼み事を行う。
これができる辺りが、彼の強さといっても過言ではないだろう。
「事情が事情だ。私が単独で探りを入れる」
「お前を疑ってもいる者に言うのか」
「あなたが疑おうと疑うまいと、私には関係がない。元暗部の人間である私が動くのが、得策だと思うが」
それを言われ、彼は露骨に嫌悪感を滲ませた。
「あの馬鹿がいれば、お前のような男に頼らずに済んだのだがな」
タグラムとダーインの視線が合ったのを見て、シナヴァリアは僅かに疑問を抱きながらも、続ける。
「……? 了承した、ということでいいのか」
「苦肉の策だ」




