14y
夜遅く、アルマは目を覚ました。
「注意しなきゃ」
誰かが近づいてきたことを気付き、彼女は人払いをしようとしたのだ。
ただ、これは自分のことというより、相手を考えてのものだった。
この泉は本来、《星霊》が使う場所であり、人が足を踏み入れるのは危険である。
彼女は暗闇だったことも相成って、周囲に《星霊》が居ないことに気付かなかった。
「……」
旅の行商人と思わしき男が目に入り、アルマは少し考えてから彼の傍へと近づいていく。
「ここはやめた方が良いよ」
「何言ってんだ。俺はここで休憩を――」
疲れて顔を合わせていなかった行商人だが、闇の中に浮かぶ一対の光を見て、身を震わせた。
「ここは星れ――」
「ま、まもの……!? 軍が請け負ってるからって聞いてたのに、こりゃ……」
こんな時期に行商人をするという無謀な行為だが、彼は自分なりにそれが実行である、という算段を立てて動いていたようだ。
実際、大型の魔物の大半は主戦場であり、首都付近にはそうそういるものではない。
ただ、今の問題は彼の事情などではない。そうした言葉を向けられた、アルマの方にあった。
「まも……の?」
彼女は俯いたまま、近づいていく。
「く、来るな! 来るなああああああああ」
ゆらゆらと上下左右に揺れる黄色の光に恐怖を抱き、男は背嚢に詰めていた林檎を取り出し、投げつけた。
それは彼女のひどく白い肌に命中し、うっすらと痣を付ける。
「あたしは……魔物じゃ」
「な、なら何だって言うんだ! そんな死体みたいな肌をした奴が、人間のわけがない!」
効果がないと見たからか、男は咄嗟に見つけた手の平大の石を掴み、投げつけた。
避けるという考えが浮かばなかったアルマの体に、再び攻撃が命中する。
今度は痣程度では済まず、血があふれ出してきた。
石膏のような肌に、すーっと赤い血が流れていく。
ぼんやりとした目で、彼女は自身の傷口を、そして血の線を追った。
「あたしは……」
「く、来るな! 死ね!」
そう言いながらも、彼にはもう抵抗する手段がなかった。
アルマはどんどん迫り、彼の眼前に到達した瞬間――闇の中で黒が横一線に走り、鮮血が追う。
上半身と下半身が分かたれた死体を見下ろしながら、彼女は身を震わせた。
「あれ? ……あれっ? なんでだろ……なんで、こんなに気持ちいいんだろ」
体の奥から激しく昇ってくる快感に、彼女は困惑していた。
白い肉の皮を隔てた中身が、溶けて混ざるような感触は、何よりも果てしなく大きな快楽をもたらす。
「人を殺すのって、こんなに気持ちいいんだ……もっと、もっとしたい……もっと気持ちよくなりたいよお……」
彼女の頭にあったのは、全身を走り、なおも強い余韻を残す感触への渇望だった。
命を奪う罪悪感や、戻ろうとした日常などは頭から消えてなくなり、はじめての快楽を求めるだけとなった。
アルマは、間違った手段で覚えてしまった。そして、本来ならば知り得ぬものを覚えてしまった。
元来、痛みや労の末に得られる快楽を、彼女は容易に獲得してしまったのだ。
身悶えるほどの心地よさを抑え、彼女は人里を目指して歩き出した。
アルマは、快楽の虜となってしまった。