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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
1206/1603

13y

 冷静さが巡る度に、自身の身から漂う異臭が気になるようになり、彼女は泉を探した。

 幸い、彼女は周囲の地形をよく理解しており、それを見つけるには時間が掛からなかった。


 この国の泉は、《星霊》にとっては憩いの場のようなものだった。

 彼らは植物と共生している為、水や光を好むのだ。


 彼らであれば、こうなった自分も受け入れられるのではないか、とアルマは考えた。

 しかし、実際は泉に到着した瞬間に、誰もいないこが分かるだけだった。


「……少し前まで居たみたいなのに、なんで?」


 術は使えないが、魔力の探知能力だけは生きており、周囲に光属性の魔力が残留しているのが分かった。

 アルマは悲しくなったが、それでも身を清めなくてはと体を洗う。


 血を洗い流すと、再び薄気味悪い白色の肌が出てくる。

 それを見て、アルマはひどく落胆した。分かりきっていたとはいえ、自分が戻っていないことを自覚したのだ。

 ふと思い出したように、彼女はお腹をさすった。

 腹の中に巨大な芋虫が入っていったというのに、彼女の腹は膨らんでいない――それどころか、重さも変わっていなかったのだ。


「あれを……出せたら」


 恐怖の中で見た、醜い芋虫を思い出し、彼女は手に黒い瘴気を纏った。

 そのまま、自分の腹をかっさばけば、それを取り出せると思ったのだ。


 正気ではない発想だが、《星》の体質であれば十分に可能なことだった。


 じっと自分の腹部を見ていたアルマは、手を引いた。

 耐えきれない痛みであれば、軽減されると分かっていても、彼女はそれができなかった。

 あの夜の痛みを知っているからこそ、傷つくことの恐ろしさが分かったのだ。


 良くも悪くも、多くの《星》は異常な状態で戦っている。故に傷つこうとも、痛みが襲いかかろうともどこか現実味がない。

 だが、暴行で得た痛みは非現実にしたい、と願いはすれど現実だった。

 大義もなく、倒すべき敵もなく、ただ理不尽な痛みだけが記憶の中に根を張っていた。


 瞬間、アルマはひどい吐き気に襲われ、四つん這いになるが――何も出てこない。

 ただ胃液だけが地面にぶちまけられる。内容物は、もうなにも残っていなかった。


 焼け付くのような痛みを抑える為に、彼女は泉の水を獣のような姿勢で飲みはじめた。

 もはや、人間の尊厳は消え去り始めていた。ただ、生きる為だけに生きていた。


 吐き気が収まり、痛みも薄れ始めた頃、彼女は仰向けになって倒れた。

 急激に気力が萎え、起きていることが辛くなったのだ。夢の中に、逃れたくなったのだろう。


 目を閉じると、戦争が始まる前の楽しい思い出が蘇る。

 ただ、それも黒い(もや)に覆われ、どこか遠いもののようになってしまった。


 時間を遡れば遡るほど、情報の劣化は進み――先代善大王の時間に到着した頃には、彼の顔さえ見えなくなっていた。

 いくら思い出そうとしても、それを思い出すことはできなかった。


「……あれ? どんな、顔だったんだろう」


 善大王について記憶を巡らせるが、そこには今の善大王が割り込むように入ってくる。

 先代の善大王の顔は見えなくなるどころか、なかったことになろうとしていた。


「……ぜったいに……絶対に、戻って……」


 彼女は善大王が戻ってくることを願いながらも、眠りについた。


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