13y
冷静さが巡る度に、自身の身から漂う異臭が気になるようになり、彼女は泉を探した。
幸い、彼女は周囲の地形をよく理解しており、それを見つけるには時間が掛からなかった。
この国の泉は、《星霊》にとっては憩いの場のようなものだった。
彼らは植物と共生している為、水や光を好むのだ。
彼らであれば、こうなった自分も受け入れられるのではないか、とアルマは考えた。
しかし、実際は泉に到着した瞬間に、誰もいないこが分かるだけだった。
「……少し前まで居たみたいなのに、なんで?」
術は使えないが、魔力の探知能力だけは生きており、周囲に光属性の魔力が残留しているのが分かった。
アルマは悲しくなったが、それでも身を清めなくてはと体を洗う。
血を洗い流すと、再び薄気味悪い白色の肌が出てくる。
それを見て、アルマはひどく落胆した。分かりきっていたとはいえ、自分が戻っていないことを自覚したのだ。
ふと思い出したように、彼女はお腹をさすった。
腹の中に巨大な芋虫が入っていったというのに、彼女の腹は膨らんでいない――それどころか、重さも変わっていなかったのだ。
「あれを……出せたら」
恐怖の中で見た、醜い芋虫を思い出し、彼女は手に黒い瘴気を纏った。
そのまま、自分の腹をかっさばけば、それを取り出せると思ったのだ。
正気ではない発想だが、《星》の体質であれば十分に可能なことだった。
じっと自分の腹部を見ていたアルマは、手を引いた。
耐えきれない痛みであれば、軽減されると分かっていても、彼女はそれができなかった。
あの夜の痛みを知っているからこそ、傷つくことの恐ろしさが分かったのだ。
良くも悪くも、多くの《星》は異常な状態で戦っている。故に傷つこうとも、痛みが襲いかかろうともどこか現実味がない。
だが、暴行で得た痛みは非現実にしたい、と願いはすれど現実だった。
大義もなく、倒すべき敵もなく、ただ理不尽な痛みだけが記憶の中に根を張っていた。
瞬間、アルマはひどい吐き気に襲われ、四つん這いになるが――何も出てこない。
ただ胃液だけが地面にぶちまけられる。内容物は、もうなにも残っていなかった。
焼け付くのような痛みを抑える為に、彼女は泉の水を獣のような姿勢で飲みはじめた。
もはや、人間の尊厳は消え去り始めていた。ただ、生きる為だけに生きていた。
吐き気が収まり、痛みも薄れ始めた頃、彼女は仰向けになって倒れた。
急激に気力が萎え、起きていることが辛くなったのだ。夢の中に、逃れたくなったのだろう。
目を閉じると、戦争が始まる前の楽しい思い出が蘇る。
ただ、それも黒い靄に覆われ、どこか遠いもののようになってしまった。
時間を遡れば遡るほど、情報の劣化は進み――先代善大王の時間に到着した頃には、彼の顔さえ見えなくなっていた。
いくら思い出そうとしても、それを思い出すことはできなかった。
「……あれ? どんな、顔だったんだろう」
善大王について記憶を巡らせるが、そこには今の善大王が割り込むように入ってくる。
先代の善大王の顔は見えなくなるどころか、なかったことになろうとしていた。
「……ぜったいに……絶対に、戻って……」
彼女は善大王が戻ってくることを願いながらも、眠りについた。