12y
――光の国、首都ライトロードにて……。
「おい、騎士が惨殺されたってのは本当か!?」
「どうにも、本当らしいぞ……」
「私は見たよ! 割れている窓を覗きこんでみたら、首なしの――」
それを言うと、中年女性は吐き出した。
ライトロード人――それも、戦いと無関係にあった者からすれば、それは途轍もないショックをもたらすものだったのだ。
「俺達も、狙われているのかな……」
「いや、そんなことはないだろう。殺されたのは騎士だろ? 家まで向かって殺しているし、無差別ってことはないだろ」
「あー確かにそれは言えるな……しかし、こうなると一人で居るのは危なそうだ」
アルマは気付かれないように隠れながら、そんな会話を聞いていた。
結局、騎士を全員殺してもなお、彼女は元の姿に戻ることはなかった。
その肌は死人の白のままだが、見え方は全然違う。
昨日は男達の体液まみれだった体だが、今は同じ男達の血液に濡れている。それでさえ、乾いて茶褐色となっていた。
鉄臭さを放っている以上、表に出れば間違いなく事件の関係性を疑われるだろう。
「なんで、戻れないの……? これじゃ、ここには――」
アルマは《光の門》に接続しようとするが、黒の混じったひどいノイズにより、全く上手くいかない。
幸か不幸か、この国の監視網は当時から改善されていない。光の国の住民であるアルマならば、表立った記録には残らないのだ。
とはいえ、善大王のように検索の手段を細かく命令できる者が現れれば、誰が殺したのかは明らかになる。
彼女は戻りたいと思いながらも、一時的に首都を離脱することにした。
時間さえ経てば、元に戻ると楽観視しているのだろう。
そうして国の外に出たアルマは、付近を飛び回る羽虫と遭遇した。
「……っ」
当たり前だが、魔物が淘汰されていない以上、こうした目立たない個体は放置される傾向がある。
首都の近くまで迫っていたとしても、肝心の壁を突破することはできない、という油断もあった。
アルマは《魔導式》を展開し、これを撃退しようとするが――《魔導式》は展開されることなく、すぐに風化するように消えてしまう。
「な、なんで……? どうして」
下級術に落としても、何の関係もないことが明らかになるだけだった。
黄色の《魔導式》は、ある時点に到達すると黒い斑点のようなものが湧き出し、色を侵蝕してしまう。
羽虫は近づいてくるが、いつまで経っても《魔導式》は完成しない。それどころか、壊れるばかりで何も進んではいなかった。
騎士を殺したことを思い出し、彼女は素手でこれを打ち倒そうとする。
すると、今度は力が抵抗することはなく、黒い瘴気が彼女の手を包んだ。
「これで、勝てる――」
攻撃しようとした瞬間、羽虫は彼女を素通りし、あてどなく飛び回り続けた。
「……へ? どう、して? なんで?」
近頃、知性が確認された魔物だが、最初期にしても一つの知性的行動は見られた。
それは、同族同士で戦うことがなかった、ということだった。
アルマはそうした事情を知らない。ただ、直感的にそれを悟ってしまった。
魔物にとって、自分は敵対する対象ではなくなってしまった、と。
彼女はそれを認めることができず、逃げ出した。