11y
夜遅くだが、男は起きていた。
部屋に灯りをつけ、机に向かい合っている。
「まったく、近衛騎士になった甲斐があったというものだ。姫の、それも巫女の体を味わえたものなど、歴代をみても――」
窓の外から奇妙な音が聞こえ、彼は外を見た。
街灯もなく、暗い闇の中には何かを見出すことはできない。
「……警戒しすぎか。さて、そろそろ寝るとするか」
灯りを消し、床につこうとした瞬間、窓が叩き割られた。
彼はその音を捕らえ、咄嗟に剣を手に取る。
暗闇の中に、一対の光が揺れた。
「魔物か!」
「あなたが……そうしたのよ」
その声を聞き、男は《魔導式》を展開する。
光量自体は大したことのないものだが、対象を捉えるには十分だった。
「……だ、誰だ!?」
死人のような肌をした、全裸の子供。見ることのない黒い髪――それを認識した時点で、もしやと思った相手ではないと判断した。
「あたしは……帰るの……みんなの……ところに」
妙に覚えのある異臭を放ちながら、少女は近づいてくる。
男は得体の知れない恐怖を覚えながらも、剣を振るった。
だが、それは黒い瘴気のようなものを纏った彼女の手によって止められる。
「これは……魔物!? 何故、首都に……」
「返して……返してッ!!」
剣は引きちぎられ、そのまま彼女の手が男の首を貫いた。
黒い煙を吹き出しながら、その手は引き抜かれる。
皮膚で繋がっていた首は、ほどなく重さに耐えられずにちぎれ、地面に落ちた。
床に転がる顔を見ることなく、顔のなくなった男をじっと見つめた。
「殺せるんだ……」
強がるような笑いをこぼすが、彼女は心の底から笑っていた。
ただ、笑い方が分からないように、奇妙な笑い方になっていた。
アルマは自身の手を見つめ、笑みを消す。
「でも、まだ戻らない……もっと、もっと殺さないと。全部、殺さないと……」
彼女はそう言うと、叩き割った窓から出て行った。
もはや、アルマは痛みがどうこう、ということを忘れていた。
自分を穢した男達を全て殺せば、それで元に戻ると思い込んでいた。
全てを終えれば、今の姿も元通りになるとさえ思っていた。
暗い町の中を歩きながら、彼女はもう一度自分の掌を見た。
片手は石膏のように白くなり、もう片方は赤が付着している。
自分が人間ではない何かにされた、ということは自覚していた。
その上で、これは元に戻るまでの間の、仮初めのものと考えていたのだ。
「すぐに、みんなに会いに行くからね……ただいまって、言うから……だから」
ゆらゆらと揺れながら、彼女は次の目的地に向かって進んでいく。
自分の叫びと、男達の鼻息と、水が滴るような音と、肉が肉を叩くような音――そんな騒音の記憶の中で、男達の顔はしっかりと映っていた。
恐怖によって生まれた仮面は剥がれ、自分の知る顔と合致していく。
そうやって相手が紛れもなく、自分の知る人間だと分かってもなお、彼女は殺すことに躊躇いを覚えなかった。
記憶を辿る度に、彼女は強い憤りを覚え、殺したいという欲求を強く覚えるようになっていたのだ。