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じっと見つめられ、アカリは焦り始めていた。
部隊所属の人間とはいえ、村のものを勝手に貰っていたと知られれば、面倒になると察していたからだ。
「えっと、貴族様ですかぁ?」
「貴族ではあるが、君にはその用件で会いにきたのではない」
不気味に思いながらも、金色の刺繍が入った白い服をみただけで、その疑惑は晴れる。
「(本当に貴族みたい。なら、問題ないかな)」
金髪と金色の瞳が特徴的な壮年の男性はアカリに目配せをすると、一人で歩き出した。アカリはそれに続く。
少し離れた場所にきて、ようやく貴族の男は足を止めた。
「自己紹介がまだだったな。私はダーイン、光の国の貴族をしている」
「私はぁアカリですぅ。今日は先輩の付き添いできましたぁ」
媚びたような態度を取るが、ダーインは良悪どちらの反応も見せずに話を進める。
「一応聞いておく、君は《選ばれし三柱》か?」
まったく知らない単語の登場に戸惑いながらも、アカリはそれを顔には出さない。
暗部で鍛えた技術なだけあり、それに淀みは一切なかった。
「なるほど、知らないと見える」
隠したつもりだが、ダーインには一撃で看破されてしまった。
暗部として邪魔となる貴族を幾人も殺してきたアカリ。そうして殺してきた貴族について多少の調査をし、殺されても仕方がないもの、殺すのが少しは忍びないものがいることを知っていた。
ただ、こうして貴族と直で会うのは初めて。暗部クラスの人間すら見通してしまう目を持つ、それが貴族の所以かもしれない、などとアカリは考えていた。
「君のその腕輪、そして魔力……間違えようがない」
「なんのことですか」アカリは演技をやめる。
「その腕輪は《二十二片の神器》と呼ばれる道具だ。《選ばれし三柱》だけが使うことができる、凄まじき力を持つ道具と認識しても構わない」
「その《選ばれし三柱》ってのは良く分かりませんけど、私がこれを手に入れたのは今さっきですよ、それも偶然。見分けがついたのなんて偶然じゃないですか」
「確かに……だが、君はいずれ手に入れることになっていただろう。神器は主を求める、そして因果もそれを是としている」
「待っていても勝手に来ると?」
「それで間違いない」
胡散臭い話だ、と呆れそうになるが、今まさに隠せなかったことを思い出したアカリは平静を装う。
「信じられないかもしれないが、事実だ。君の──《火の月》が持つ神器、それは《縛魂腕輪》、使用者に無尽蔵のソウルを供給する神器だ」
それを聞き、アカリは納得した。ありえないほどにあふれ出す力の正体が、手に入れたばかりの道具──神器にあったのだと。
「その《火の月》っていうのは?」
「《選ばれし三柱》は三本の柱。つまり、星、太陽、月がある。それぞれに各属性七人、合計二十一人がこれに含まれている。私は《光の月》に当たる存在だ」
アカリは胡散臭さに似たものを感じながらも、信じた上で僅かな苛立ちを露にする。
「こう言うのは無礼だと思うんですけど、それを私に伝えてどうしたいんですか?」
「……同類への注意警告と言うべきか。君は今、やろうとすれば千人の兵にも相当する力を振るえる。そんな存在が平然と首都に現れ、暴れればどうなるか、分かるな」
もしも千人の兵が現れれば、それに対する対策はいくらでも打てる。犠牲は出るが、少なくとも対処はできる。
だが、ただ一人がふらりと現れ、首都で術などを乱射しようものなら抵抗するまでに大きな時間差をおいてしまう。
ひどければそのまま国は崩壊、最低でも首都に大きな被害が出ることは揺るがない。
そういう意味で言っても《選ばれし三柱》は危険な存在なのだ。
「悪事は働くな、ですか」
「その通りだ。私のような旧世代組はその力を勢力に預けず、世界の秩序を守ることを是としている。君ら新世代にそれを強要する気はないが、秩序の破壊者となることはおすすめしない」
そう言うダーインは有限実行を果たし、神器の力を使うことなく己の地位を高めてきた。
《選ばれし三柱》自体が人智を越えた力を持っているとしても、神器による常識を逸脱した力ほどではない。
アカリからすれば、こんな問答は意味がなかった。
暗部として、邪魔になればダーインと交戦する可能性こそあれど、彼女自身が世界に反旗を翻すようなことは確実にない。
それは善大王への深い愛、暗部としてのプロフェッショナルな意識などがあるからだ。それがある限り、彼女は道を違えたりはしない。
「余計なお世話ですよ。私は私、それが変わることはありえません」
「ならば構わない。時間を取らせたな、すまなかった」
ダーインは貴族でありながらも、一兵卒にしか過ぎないアカリに頭を下げ、その場を去っていった。
その態度が貴族ダーインのものなのか、同類ダーインとしてのものなのかを、アカリは理解できなかった。




