6f
――フレイア、場末の酒場にて……。
ガムラオルスは一杯の酒を前にし、黙っていた。
そうしていると、すぐにスケープがやってきて、彼の隣の席に座りこむ。
「任務はどうだったんですか?」
身を乗り出す勢いで聞いてきた彼女の顔を横目に、ガムラオルスは酒に口を付けた――どころか、一気飲みの勢いで流し込み始める。
素面の彼らしくもない飲み方に驚き、スケープは心配そうな顔をした。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫だ」
いくら覚悟を決めた彼であっても、今から告げる内容は平然と言えるものではなかった。
決して強くない、ありふれた一人の男であるからこそ、彼は酒の力を借りたのだ。
「俺は故郷に戻っていた。そこで、幼馴染の女と会った」
「はい。元気でした?」
「ああ」
相も変わらぬ察しの悪さに困りながらも、彼は分かりやすい言い方に切り替えた。
「俺はその女に告白してきた。恋人になった」
「……」
ここまで直接言われては、彼女も理解せざるを得なかったようで、黙り込んでしまった。
彼も全く罪悪感がないわけではなかった。むしろ、罪の重さは凄まじいものだった。
彼は死したスタンレーから彼女を託されたようなものであり、自分が支えていくという意志を持っていたからこそ、彼女を味方に引き入れることができた。
ここで別れよう、というのは明確な裏切りだった。
「良かったですね」
「……皮肉か?」
「ミネア様から聞いてましたよ? だから、むしろワタシのところにいるのが不思議なくらいでした」
「すまない」
「何で謝るんですか?」
「……俺はあいつと付き合う。だから、お前とは別れなければならない――中途半端なことは、どちらにも悪い」
遠回しな言い方が通じないと思っていただけに、彼は苦しい思いをしながらも、直接言った。
しかし、今度は止まることも、驚くこともなく、スケープは頷いた。
「分かりました」
「……おい、良いのか? 俺はお前を騙していたんだぞ」
「騙していた? ガムラオルスさんは、ティアって人と仲直りするまでは、本当にワタシを愛してくれていたんですよね? なら、それでいいじゃないですか」
「なんで……なんでそう簡単に許してくれるんだ。俺は――」
「ここで、ワタシだけを見てくださいといったところで、ガムラオルスさんは止まれない……でしょ?」
まさしく、その通りだった。
だが、彼はスケープに責めて欲しかったのだろう。叱責を受け、誹られ、そうすることで罰としようとしたのだ。
しかし、彼女はあっさり許してしまった。とても物分かりのいい子供のように。
故に、彼は余計に苦しくなった。
「どうしました? 吐きに行きます?」
「……いや、大丈夫だ」
「なら、そんな顔しないでください。ガムラオルスさんに、そんな顔は似合いませんよ」
「だが……」
「だって、ワタシはガムラオルスさんが好きだから。だから、できれば困らせたくないんですよ」
「……」
「その代わりといっては何ですが、一つだけいいですか?」
ガムラオルスは黙ったまま、こくりと頷いた。
「ワタシは二番なんて贅沢なことは言いません。ですから、ワタシを娼婦として使ってください。火の国に居る間だけでも」
「……」
彼はようやく、スケープの顔を直視した。
無理して言っているように見えない彼女を見て、ガムラオルスは笑い声をこぼした。
「まったく、お前は本当にいい女だよ」
「それはもう。天下の将軍様なら、実入りもいいですし」
スケープは本当に、無理をしているわけではなかった。
彼女は自己評価がそもそも低い。だからこそ、ティアとガムラオルスを取り合えば、間違いなく自分が負けると断じていたのだ。
二人で一人の男を分け合う、ということが成立しないことも、彼女はよく知っていた。
故に、彼女は娼婦でいいと言った。もとより、彼とは体の関係が強く、彼女自身もその仕事を未だに続けているのだ。
大したことのない男と仮初めの愛を誓うよりも、体だけの関係であっても、自分の好む相手と共になる方が幸せだと彼女は判断したのだ。