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アルマが去ってからしばらくし、幕営にダーインが戻ってきた。
「宰相、姫は?」
「もう戻られた」
それを聞き、彼は怪訝そうな顔をした。
「宰相にだけ告げて、ですか」
「そうだ」
「……姫らしくもない。何か非礼を働いたのではないか?」
「私は普段通りに対応した」
「宰相の普段は信用できないのだがね……だが、これで良かったのかも知れない」
今度はシナヴァリアが疑問を抱いた。
「どういうことだ」
「……正直、今は姫に合わせる顔がない。きっと、ここに来たのも国の現状を変えて欲しい、と頼みに来たのだろう」
「そうだろうな」
「分かっていたのか」
「もちろんだ。ただ、私が口を挟むところではない。多くの過ちを犯した以上、こうして戦場で戦い続けるのが道理だ」
過ちと言いながらも、彼の表情に反省の色は見えなかった。そして実際に、彼は後悔などはしていなかった。
ただ、客観的に間違いを犯したことを認識している、というだけなのだ。
彼は必要だからその間違いを選び、そして粛々とこの立場に甘んじている。
「人のことを言えたものではないが、やはり宰相は無責任だ」
「……そろそろ、善大王様が戻られることだろう。もし、そうならなければ――だからこそ、手を出す必要がないとも思っている」
「宰相も、か」
二人は視線を落とした。
光の国が何か異常であることは、誰が見ても明らかだった。
シナヴァリアもダーインも、そうした異常の根本的な原因に気付いている。
つまるところ、この国には秩序とも言える王が欠けているのだ。
善大王の長期的な不在により、国の不安感は高まり、せこせこと席の奪い合いが起きている。
そもそも、シナヴァリアの失脚も善大王の不在が原因だった。
もし、彼が居れば早い段階で天の国と同盟を結び、献金の有用性を示すことができただろう。
そして、タグラム政権下においても、彼が戻ってきていれば悪政をただちに正すことができた。
教会の騒動にしても同じであり、彼が居れば魔物の不安は収まり、結果的に教会の影響力は下がっていただろう。
こうした事情は当然のこと、二人とも理解している。理解してもなお、大義の為として誹ることはしなかった。
「この段階で善大王様が戻らなければ、別の誰かが再び玉座につかなければならない。そうなれば、国はさらに混乱し――権威の意味は消え去る。そうなった後で戻ってきても、全てが手遅れだ」
「それは同感だ。しかし、善大王様が戻ったとしても、同じことではないか?」
「その時は、我々が対処すればいい。私に始まり、教会に終わる統治者達が皆、暗黒の時代であったとする。そうすることで、かの王は別の勢力として扱える」
暴論ではあるが、通る意見ではあった。
光の国の混乱は善大王によるところが大きいが、幸いなことに彼が出て行ってから、こうした問題が起きた。
民の支配層に対する不信感が幾ら高くなろうとも、彼だけは談合の外とすることができる。
それを成立させる為には、失策者達が繋がっていたことを示す必要がある。
シナヴァリア、タグラムの二人がこうして戦場にいる以上、教会側のバルバを取り込みさえすれば、これは十分に演出できるのだ。
国の混乱を収めるという目的であれば、この連携は十分に可能である。
もちろん、三人が三人、国を思っていればこそ可能となる策だが。
「できるのは、祈ること……だけですか」
「こればかりは、そうとしか言い様がないな」