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結局、アルマはシナヴァリアを説得することはできなかった。
また、ダーインも戻る意志を示さなかった。
もし、正統王家以外が国を統治していれば、アルマの嘆願を利用して戻ることもできただろう。
しかし、彼は自身の信条を考慮した上で、姫の願いに反することになった。
忘れてはいけないのだが、彼は正統王家についているわけであって、アルマ個人のパトロンではないのだ。
だからこそ、王とアルマであれば、間違いなく王を優先する。それが、正統派の人間の性なのだ。
無論、ダーインにも言い分はある。
以前は戦場の兵に対し、送られてくる物資の絞りなどが問題となっていたが、今はどうにか帳尻が合う――シナヴァリアの苦労はここに起因しているが――程度には改善されていた。
だからこそ、急いで修正する必要もなかった。
頼りとなる大人の二人が梯子を外してしまったからには、彼女の打つ手はなくなってしまう。
ここにいるのも時間の無駄でしかないのだが、彼女は困っている人間を見て、放置できるような少女ではなかった。
かつてのように、兵士の懺悔を聞き、メンタルケアに注力した。
それだけに止まらず、戦場に出ては巫女の名に恥じない術の鋭さを発揮し、回復にしても攻撃にしても一級の成果を叩き出していた。
そうして数日滞在していたある日、彼女に通信が届いた。
「はい」
『聖女様、今どちらに?』
「(バルバさんだ……どうしたんだろ)」
彼に対してはさほど嫌悪感もないアルマは、少し考えてすぐに返答した。
「今はシナヴァリアさん達のところだけど」
『……何か話すことがあったのですか?』
「ううん、なにも」
『本当ですか?』
「どうしてそんなこと聞くの?」
『……いえ、しばらくお戻りにならないので、教徒の多くが心配しておりました。そんな状況で戦場にいると聞いたので――お二人に引き留められていないのか心配でして』
彼の心配は当然のものだった。
アルマの実力は多くの者が知っており、かの首都で見せた力は想像を絶している。
軍部がそれを必要だと考え、彼女を引き留めるという状況は十分に想定できた。
「ううん、ここはあたしがいなくても大丈夫みたい。だから、すぐに帰るよ」
『それは何よりです』
通信が切れ、アルマはため息をついた。
確かに、彼女は活躍していた。しかし、それはより早く決着を付ける、という意味でしかなかった。
もし、彼女がいなかったとしても、勝利することは揺るがない。犠牲についても、おそらく差はないだろう。
そして、最たるはアルマが主力に組み込まれていない、ということである。
彼女は基本的に後方支援であり、攻勢に出る場面はかなり限られていた。
そこまで丁寧に扱われた時点で、自分の存在が枷になっているのではないか、と考えるのは当然だった。
アルマは自分の非力さに辟易としながら、司令部へと向かう。
「シナヴァリアさん」
「……はい」
彼は顔を向けてきた。相変わらず、座ったままではあるが。
「あたし、首都に帰るね」
「そうですか」
素っ気ない態度だったこともあり、アルマは内心でへそを曲げた。
「じゃあ、帰るね」
「はい」
引き留められることもなく、彼女は馬車に乗り込み、首都を目指して発進した。