21F
――闇の国、隠し牢獄にて……。
「あれほど生意気だったお前は、どこに行った」
ディードはそう呟き、目を閉じた。
表に出ている間は、彼は事務仕事を任される。しかし、このライカ監視の任務中において、仕事はないのだ。
楽な仕事といえばそうなのだが、これほどまでに静寂に満ちた空間で、廃人の様子を見続けるのは苦痛でしかない。
ライカは彼の言葉など聞いていない様子で、緩んだ口から言葉にならない音を吐き出し続けていた。
当たり前だが、こうした廃人の世話は色々と心が軋む。
必要最低限な清掃が最も心を痛めつけそうだが、そうではないのだ。
今のディードを堪えさせているのは、人間の姿をした、人間ではないものと対面しつづけいるということ。
人間は無自覚に、認識する世界の同一種の性質を獲得する。つまり、状態は伝播、伝染するのだ。
壊れた人間と共にあれば、その人間の精神もまた壊れていく。
根幹とも言える常識は次第に破綻していき、それを修正することさえできなくなるのだ。
かつてのフィアがあれほどまでに、常人を逸した思考になっていたことも――そして近頃、善大王に似通い始めたのも、それが原因といえる。
「お前は敵だ。しかし、この国の在り方が正しいとは思っていない」
返事はない。
「お前には、多くの恨みがある。お前にさえ敗れなければ、わたしはここまで落ちぶれることはなかった」
そう言いながらも、この言葉はひどく空虚だった。
あの場で敗れなかったとして、落ちぶれることがなかった、と断じることができなくなっていたのだ。
そもそも、こうして堕ちてしまったからには、もう何を言っても無駄なのだ。
「お前は、何を考えている……何の為、戦っていた。何を、守ろうとしていた」
そう言い、彼は目を開けた。
視界を塞ぎ、脳裏に思い浮かべていた在りし頃の闇の国は消え、失禁した少女が見える。
「……またか」
ライムが行った手法は、明らかに普通ではなかった。
《神獣》が割り込みに入り、逆にカウンターを叩き込まれるはずの洗脳を行いながらも、それに成功――挙句、無傷とも来ている。
なにより、洗脳をされただけで《星》がここまで壊れるというのは、起こりえないことだった。
意図的に攻撃を仕掛けたのだとすれば、《闇の星》の全力を出すことで再現可能な状況なのだが、彼女はライカの制御件を一度は握っていた。
ディードは始末を終えると、再び席に戻り、虚空を見つめた。もはや、鍵を閉める必要はなかった。
「私はこんなところで、何をしているんだ……」
強烈な冷静さが襲い、彼は項垂れた。