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――風の大山脈にて……。
「はっ、若い世代がどうにか頑張ってくれたみたいね」
ライラはティアを見つめながら、そう呟いた。
彼女の黒い翼は闇を失ったように、白のように明るい緑に変化しており、邪悪に暴れ回る状態からは解放されている。
しかし、それは彼女が明確に意識を失った瞬間に解除され、ティアはただの少女に戻った。
結構な速度で落下していくティアを受け止めるべく、柔らかな緑色の羽毛を飛ばそうとしたが、すぐに止める。
「余計なお世話、だね」
一対の緑の線が伸び、ティアの落下は停止した。
言うまでもなく、ガムラオルスが彼女を抱き留めたのだ。彼女の世界でそうしたのと同じように。
「ご苦労様、王子様」
「皮肉はやめてくれ」
彼は返答をしつつ、着陸をした。
その場所は、先ほどエルズを守った場所である。そこであれば、色々と都合がいいと思ったのだろう。
立ったまま固まっていたエルズは髑髏面を外し、露骨に嫌そうな顔をした。
「ティアは?」
「ここに」
「そんなのは見れば分かるのよ……起きるの?」
ガムラオルスは頷いた。
「なら、いいけど……」
「ティアを任せられるか?」
エルズは我の怒りも忘れ、驚く。
「どういうことよ」
「……俺は火の国に戻る」
「あの告白は、嘘だったの?」
聞かれていたことを恥じるでもなく、彼は「嘘なんかついていない」と言った。
「ティアに必要なのは、エルズじゃない。今のあなたよ」
まるで意趣返しをするように、彼女は未来の彼に言われた言葉をぶつけた。
しかし、その真意までは伝わらない。当たり前だ、エルズがどうしてここにいるのか、彼は知らないのだから。
「この里に、俺は必要ない」
「だから……そういう話じゃないでしょ!? ティアはあなたを――」
「この里に居ては、いつまで経っても戦争は終わらない。だから、俺は地上に戻って戦う。少しでも早く、この戦いを終わらせる為に」
それを真面目な表情で言うガムラオルスを見て、エルズは怒りを通り越し、恐怖を覚えた。
「本気で、そんなことを言っているの? 本気で、ティアよりも世界が大事なんって言うの!? エルズが身を引くのに、あなたはそんな身勝手なことをするの!?」
「すまない」
彼は言い訳をしなかった。ただ、謝罪した。
「せめて、行く理由くらいはいいなさい」
「この戦いが終わったら、俺は必ずここに戻ってくる。そして――ティアと結婚する」
「……は?」
「だから、危険な今を変えたい。ティアにはそう、伝えておいてくれ」
とんでもない惚気話に、エルズは鼻で笑ってしまった。
「失恋した子に、そんなことを頼むの?」
「悪い」
「もう良いわ。なら、さっさと行きなさい。それで、さっさと戦いを終わらせてきて」
ガムラオルスは黙ったまま頷き、眠ったままのティアの顔を見つめ、エルズに彼女の身を預けた。
そして、翼を広げると、そのまま南の空に消えていった。
「まったく、無責任な話よね……もう、これで終わりにしようと思ったのに」
エルズは泣きだした。
もとより、失恋した時から彼女はこの山を去るつもりだった。
ガムラオルスに後を任せ、自分は地上に向かうつもりだった。
だが、彼に託された以上、責任を放棄して抜けることはできなかった。
エルズは意識のないティアを抱きしめた後、彼女を木に寄りかからせ、二人で地面に座りこんだ。