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驚いた顔の少女を一瞬視界に収め、彼はそのまま虚無の中へと突っ込んでいった。
彼もまた色を失い、反転色となる。白い光を秘めた緑の翼も例外ではない。
「ティアァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
その叫びはようやく、ティアに届いた。
それによって、諦めたように閉じられていた瞳は、大きく開かれた。
「がむ……らん?」
「ティア!?」
「ガムラン? なんで……」
「その手を伸ばせ!」
「……逃げて」
「馬鹿言え!」
「このままじゃガムランは!」
「俺に何度逃げさせるつもりだ! もう逃げたりしない! クソみたいな言い訳はもう勘弁だ!」
「ガムランには、関係ない!」
「くそ……くそおおおおお! お前が好きなんだよ! だから絶対に死なせない! 今度こそ……俺は」
それを聞いた瞬間、ティアは急に、消えるのが怖くなった。
終わりゆくその時に、ようやく想いが届いたと分かったことで、凄まじい未練が――生への執着が生まれた。
「がむらん……たす……助けて!」
「当たり――前だぁあああああああああああ」
伸ばされたその手を掴むと、彼は真上に向かって飛ぶべく、急速に翼を切り返した。
「この手を放すな――いや、ティアが放してでも俺が掴み続ける!」
彼はティアを抱き寄せると、そのまま出力を最大限まで高める。
「がむらん……がむらん!」
「……すまな――ごめんな、ティア」
「えっ」
「俺はずっと、俺より強いティアが嫌いだった。対等になり得ないお前が、嫌いだった」
「……」
「ティアは族長の娘、俺は分家の子供……俺はずっと、お前に相応しい男になりたいと思っていた。お兄さんの真似をして、カッコをつけて、大人ぶって……でも、お前は常に、ずっと俺の先にいた」
「ガムラン……」
「ティアが族長になった時、俺はそれらしい理屈を――屁理屈をこねて、お前がそうならないように邪魔をした。やっと、対等になれると思っていたから」
空は変わらない虚無。エルズのいた場所さえ、まだ見えない。
「ずっと嫌だった。だから、里を抜ける機会を待っていた」
「なんで、そんなことを言うの」
「俺が臆病者だからだ。自分の罪を告白し、それで救われようとしている。身勝手に」
ティアは目を伏せた。
「俺は火の国に行った。そこで女も作った」
「聞きたくない!」
「聞いてくれ! ……聞いてくれ」
「なんで!? ガムランは私を困らせたいの?」
「そうだ……お前から答えをもらってはいない」
「……」
「俺の醜態は今語った以上にある。その上でティアは――俺の告白を、受け入れてくれるか?」
それを聞き、ティアは表情を変えた。
「え……? それって、どういう……」
「俺はティアのことを愛している。それ以上に、何か必要か?」
ティアは満面を笑みを浮かべ、彼に口づけを交わした。
「うれしい! 私もガムランのこと、だぁぁぁぁいすきっ!」
ガムラオルスは穏やかな笑みを浮かべ、彼女の顔を見つめた。
主の精神が大きく変化したことによるものか、周囲の虚無は埋まり、元の世界が修復され始める。
「本当の告白は、向こうに帰ったら、改めてしよう」
「うんっ!」
そう言うと、二人は空に向かって飛び去った。その先に進めば、外に出られると確信を持っていたのだ。
そんな二人を見上げ、仮面を被ったエルズは笑った。
「タダ働き……かぁ。でも、悔しいけど……エルズじゃ敵わないなぁ。本当に……」
彼女はティアの精神が安定したことを確認した時から、世界の修復を行っていた。
この世界の主が元に戻りさえすれば、その情報を参照してある時点まで復旧させることができるのだ。
ある意味――というより、多くティアを救っていたエルズだが、最後に誉めてもらえるということはなかった。
それでも、彼女はただ親友が戻ってきたことを喜び、失恋の悲しみを忘れようとした。