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「やだ! ガムランに嫌われたくない!」
「……ティアは、エルズの言うことが分からない――信じられないんだ」
「あなたに何が分かるの! 私はあなたのことなんて知らない! ガムランのことだって、知るわけない!」
「……」
幼い姿とはいえ、親友にそれを言われ、彼女は黙り込んだ。
感情がふつふつと沸き立ち、彼女の瞳が潤み、顎にしわが生まれた。
「ガムランはどうせ、私のことが嫌いなんだよ! だから、今日も来てくれな――」
「ええ、そうよ! 何も知らない! ティアのことなんてこれっぽっちも分かっちゃいない!」
急に大声を出され、ティアは黙り込んだ。
エルズはそのまま、強い歩調で迫っていく。
「ガムラオルスのことだってそう! あんなのは、ただの妄想、想像! ただそうだって考えただけ……それに、今のガムラオルスがティアをどう思ってるかも知らない! 死ぬほどどうでもいい!」
「なっ――そんなのって、ひどい」
「ひどいのはティアの方よ! いつまでそうやって塞ぎ込んでいるつもり!?」
エルズはティアの両肩を掴むと、顔を近付けた。
そして、大粒の涙を流した。
「エルズは、ティアのことが大好きなの! いつだって笑って、どんな無理なことだってできるかもしれないって、そう思わせちゃうティアが!」
「……え」
「友達だって、親友だって、恩返しだって……あんなのは全部嘘! エルズはティアの特別になりたかったの! 親友なんかじゃなくて、本当はティアの恋人になりたかったの!」
わけの分からないことの連続に、ティアは困惑した。
だが、エルズは止まらない。感情の流れに任せるままに、暴走していた。
「ティアの体に触りたい、ティアとえっちなことをしたい……そんなことをずっと考えながら、ずっとティアの傍にいたの! エルズが女の子なのが嫌だった! ティアと恋人になれないのが……本当は凄く嫌だったの!」
「エルズ……?」
「ティアの人生を知って、本当に悔しかったよ……なんでエルズじゃなくて、ガムラオルスなんだって……どうしてあいつなんかがって。大人ぶって、我慢して、ティアの為だって、あいつのことばっかり話している時、胸が痛くて、吐きそうになるくらいだったのよ! なんでエルズじゃないの!? なんでエルズじゃ駄目なの……」
あらかた吐き出したからか、エルズは息切れを起こしていた。
自分が感情に支配されていたことは、疲れが仄かに頬を触れ始めた時に、分かり始めてくる。
「私、なにも知らなかった」
「……ティア?」
「エルズが、そう思ってたこと。私のこと、そう思っていたんだ」
ティアの意識が、明確に今と繋がりだしたことを、彼女は感じた。
その上で、恥ずかしさが頭頂を目指して走り出したが――彼女は戸惑わなかった。
「そう……これがエルズの本音」
「そう、なんだ……」
「今度はティアの番。子供の振りして逃げないでよ」
そう言われ、ティアは困った。
困った上で、真剣なエルズの表情に気圧され、目を閉じる。
「私は、エルズの思うような私じゃないよ」
「……」
「人助けをしていたのは、ただ良い子になりたかったから。そうしたら、ガムランが私に振り向いてくれるかも、って思ったから」
「……」
「本当は、どうでもよかった。どれだけ好かれても、どんな人に好かれても、私の空っぽは埋まらなかったよ。何十人、何百人、何千人に好きになってもらっても、ガムラン一人に愛してもらえない辛さは、なんにも変わんなかった。失望した?」
「知ってるよ」
知ったような態度を取られ、ティアは怒りの炎を滾らせるように、強い態度に出た。
「……エルズのことだって、本当はどうでもよかったよ。ただ……ただ楽だから、そうしてただけ。期待してくれるから、それに答えていただけ」
「知ってるよ」
「なら……なんで、あんなこと言うの」
「ティアがどう思っても、エルズはティアのことが好きだから。たとえ嫌いって言われても、どっか行けって言われても――ガムラオルスが居たって、譲りたくないから」
「……自分勝手じゃん」
「人にそれを言えるの? ティアは。あなただって、ガムラオルスの迷惑も考えないで、好き好きって言い続けてきたじゃない」
「それの、何が駄目なのよ……なんで、好きじゃいけないのよ! 私の……なにが駄目なの?」
エルズは黙って、ティアを抱きしめた。
咄嗟に、ティアは彼女を払おうとするが、彼女は離れない。風の一族でさえ驚くような強さで、強く抱きしめた。
「エルズがこうしているのが、答え」
「……そんなの、勝手だよ。ガムランは、絶対に私を愛してなんてくれない」
「ティアも、エルズのことを愛してなんてくれないでしょ?」
「エルズは強いからそんなことが言えるの」
「エルズが強い? 冗談はやめてよ。エルズはティアを助けることより、自分の気持ちを伝えることを優先したのよ? ティアが別の人を好きだって知っても、告白して迷惑掛けるような人だよ」
次第に、ティアは心を開き始めた。
エルズの偽りない本音の連続で、理性の働きが鈍っていった。
自然と、口から本音がこぼれ始める。
「なんで、ガムランじゃなくて、エルズなの……」
「……」
「本当に最悪だよ……こんなに苦しいのに、こんなに悲しいのに」
「ティア」
「エルズ、本当に気持ち悪い」
それを言われ、さすがのエルズも効いたらしく、力が弱った。
ティアはエルズを振り払った。そして――彼女の口に直接、口づけを行った。
あまりに予想外の状況に戸惑うエルズだったが、ティアの瞳から流れる一条の光を見て、黙り込んだ。
「ありがと、エルズ」
「ティア……よかっ――」
その瞬間、ようやくエルズは周囲の変化に目を向けた。
さきほどまで山の風景だった世界は、焼泊のような模様が明滅する、反転色の虚無に変わっていった。
「これって……ティア!?」
「悔しいなぁ、なんでこんな子に告白されてるんだろ……本当は、ガムランに告白してもらいたかったのに」
「ティア……早く、こっちに!」
無が迫り、ティアの片足にまで到達しているのが見えた。
エルズは手を伸ばすが、ティアは首を横に振り、諦めたように背を向けた。
「ガムランじゃなかったけど、誰かから本当に愛されるって、こんな気持ちなんだろうね。消えちゃう前に、一度だけでも分かって、嬉しかったよ」
「諦めないで! ティアなら、戻れるよ! 現実で――」
「エルズが言ってることが本当なんだって、今なら信じられるよ。でも、もう私の物語はここまで」
「終わってなんていない! まだ始まっても――」
「エルズ一人なら、まだ戻れるから……急いで」
「やだ! ティアを置いてなんて――」
ティアの手を掴もうとするが、彼女は手を引っ込めてしまった。
「じゃあね、エルズ」
ティアの足下が虚無に変化した瞬間、彼女の色は反転し、何もない世界に落ちていった。
「あきらめ……諦められるわけな――」
「ここは俺に任せろ!」




