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エルズは仮面を外した。瞬間、世界は再び、冒険者ギルドの酒場に姿を変える。
一条の涙が、何かを見たエルズの頬を伝った。
「……そうだったんだ」
今にも泣き崩れようとしたエルズだったが、彼女が出した声は笑い声だった。
「あは……あはは! ……見つけたよ、ティア。見つけられたよ、本当のあなたを」
瞬間、彼女は酒場の扉を叩き開け、外に出た。
誰も居ない町を、彼女は一人、駆けていく。
飛ぶことができると分かっても、彼女は走った。本当のティアが居る場所に、目星がついていたからだ。
栄えた里を抜けると、見覚えのある森が見えてくる。
ほどほどに整備された森を進む度に、その光景は現実のそれに近づいていき――ある地点だけは、逆に今とは違うものに変わった。
「……ここだけは、昔のままなんだね」
息を切らせながら、エルズはそう言った。
そして、それを聞いた人物はびくんと体を震わせる。
「あなたは、誰?」
「ガムラオルス――君じゃない人」
それを聞いた緑色の髪をした少女は振り返ることもなく、丸太に座ったまま露骨に落胆した。
「誰もいない。誰も来ない……ティアのお気に入りの場所、だよね」
「なんで、知っているの?」
「来る人は……ガムラオルス君。ティアは、ずっと……ずーっと待ってたけど、ガムラオルス君は来なかった」
「来ないなんて決まってないよ!」
振り返った瞬間、エルズは親友の幼い頃の顔を知ることになった。
「あんまり変わってない……? ううん、少しだけ丸っこいかも」
「何のこと!? 私は……あなた、誰?」
そこでティアも、ようやく興味を抱いた。
それもそのはずだ。この時代のティアは異国の人を見たことがなかったのだ。
「闇の国の人。そして――」
言いかけ、言葉を切る。「この里の戦士達の、先生かな」
エルズは嘘をつかなかった。
「お父さんが呼んだの!? すごい!」
「……ガムラオルス君に、呼ばれたんだよ」
それを聞いて、ティアは黙り込んだ。ただ、それは許容しきれない情報を突っ込まれたようなもので――所謂、唖然としてしまったのだ。
「なんで、ガムランが? なんで? なんで?」
「……ガムラオルス君が、ティアのことを好きになったから――好きだって想っていたからだよ」
それを聞いて、ティアは頬を赤くし、純粋に照れてしまった。現在のように惚気るのではなく。
「ガムランって、私のこと……好きで居てくれたんだ」
「うん……だから、ずっと後悔していたんだと思うよ」
虹の世界での経験により、エルズは未来のガムラオルスの言動の意図に気付いた。
『ああ、知っている……知っているさ』
未来の彼がそう告げた時の表情、それは取り返しのつかない失敗に気付いた――後悔を含んだものだった。
「(きっと、ティアとガムラオルスは、互いの想いに気付かないまま別れちゃったんだ。だったら、エルズがその未来を変える。今なら、変えられる……!)」
エルズは、ティアの今まで過ごしてきた人生を、あの短時間の間に経験していた。
だからこそ、ここがどの時代に当たる場所なのかも分かっていた。
だからこそ、彼女の本心がどこにあるのかも分かっていた。
「だから、進もう。この世界は、悲しいことだけじゃないから」
その言葉を告げた瞬間、ティアの笑みは一変し、無表情になって黙り込んだ。
「ティア?」
「進むって、どこに?」
「……現実。こんな世界じゃなくて、本当の世界で、ガムラオルス君のところに行こう」
「やだ! ……やっぱり、あなたの言うことは信じられない!」
そこで、エルズは知覚した。
今、本当のティアは今現在のティアの記憶と繋がったのだと。
つい先ほど、自分も体験したことだけに、彼女はそれを理解できた。
だが、問題は重かった。エルズの場合、答えを得た上で、自分の中に残る恐怖心と向かい合えた。
だが、ティアは得体も知れない相手から聞いた情報、ただそれだけしか持っていないのだ。
「みんな待ってるよ。ガムラオルス君も」
「知らない! 知らない!!」
彼女が否定するほどに、世界は暗くなっていく。
その人間の本質に触れるというのは、こうした危険を背に置く必要があった。
ここにいるティアは、この世界そのものなのだ。それが壊れてしまえば、この世界は維持できない。
だが、それが分かっていても、エルズには進む道がなかった。
知ったティアの人生において、今の方法以外に救いを与える手段はなかった。