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エルズは笑い、記憶を戻した。
決して幻などではない、少し前の自分が肉体に戻ってくる。
ただ、完全に同じなわけではない。ここには、一瞬前の彼女もいた。
「エルズはティアのこと、何も知らなかった」
「(知らなかったとしても、エルズはティアが大好きだった)」
「ただティアに好きになってもらいたいから、勝手に……自分勝手に、相手の望まないことをしてきた」
「(好きになってもらいたいって思うのが、そんなにおかしい?)」
「エルズは……」
「(エルズはティアを考えてあげられていなかった。ただ、エルズの中のティアに恋して、それに好きになってもらいたかっただけ)」
「そう、エルズの勝手な妄想」
「(だから、今度こそは本当のティアと向かい合って、好きになってもらうの)」
「そんなことしたって、どうせまた……」
「(エルズはなんで、ティアを好きになったんだっけ)」
そこで、思考が止まった。
「うん、きっと……ティアがエルズを助けてくれた時からだ。エルズはその恩返しをする為に、ティアに尽くしてきた」
「(でも、ティアに恩返しなんてできてなかった。ただ、エルズが勝手にそうだと思ってただけ)」
「……ううん、違う。エルズがティアを助けたいと思ったのは、助けられた負い目があったからじゃない……エルズはただ、ティアのことが大好きだったんだ」
エルズの頭の中は、確かに一つの意見にまとまった。
「エルズはただ、ティアが大好きだから助けるんだ! ティアがどう思っていたとしても、変わらない……だって、ティアの為に頑張ってると、エルズも頑張れるから!!」
彼女は答えを見つけた。
今までの行動が全て、自己満足だったという事実を否定することなく、彼女は自分の愛を本物にしたのだ。
ティアに想いが届かずとも、恋している喜びが常に彼女を幸せにしていたこともまた、嘘偽りのない事実なのだ。
彼女の恐怖は引いていった。迷いは、消えた。
今、エルズは見えない誰かの不確定要素などではなく、紛れもない自分自身の情報を用いて、判断したのだ。
だからこそ、見える世界がどうであれ、関係はなかった。
進むその先が自分の望むものである限り、そこが痛みの庭であっても、人は歩くことができる。
「エルズはもう、嘘をついたりしない」
覚悟を決めた瞬間、彼女の髑髏面はひび割れ、透明な仮面に姿を変えた。
「これって……」
仮面に残っているのは、カチューシャのような天使の翼の飾りだけ。自分の顔を隠すことは、もうできなかった。
「ティア、本当のあなたを、絶対に見つけてみせるから」
透明な面を被った瞬間、彼女の意識は急激に遠退いた。
頭を棍棒で殴りつけられるような、強烈な意識のブレだったが、すぐにそれは静まっていく。
違和感の消失に伴い、彼女の見る世界は大きく変わった。今度はイメージなどではなく、実際に変化している。
「辺り一面の……虹色」
その世界は、《神獣》の精神世界に近かった。
構造物はなにもなく、天も地もなく、全てが虹色の世界だった。
『一緒に、遊ぼう』
その声は、少年のものだった。それも、下手をすれば幼児とも言えるような年齢の。
「……これって」
彼女の眼前には、二人の子供が立っていた。
いや、それだけではない。確かな、風の大山脈の風景が投影されていた。