表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
1184/1603

12j

 ――ティアの精神世界にて……。


「へ……どう、いうこと……え? どうして?」


 エルズは混乱していた。

 本物だと思っていたティアは、抱きしめた瞬間に消えてなくなった。


 精神世界であればよくあること――ということでもなく、むしろあり得ないことだった。


「(どうして? ……これがティアじゃない、なんてことはないはずなのに……)」


『エルズ! 大好きっ!』


 頭の中に、幻想の告げた言葉が響いた。


「もし、これがニセモノだったら……ティアは……」


 手には、彼女の服の一部が残っていた。ただ、それも彼女が真相へと近づくにつれて、消えていく。


「(本当は、エルズのことなんて、好きじゃない……)」


 身近な、それも親しい人間に大して神器を使ってこなかったツケが、ここにきて回ってきた。

 彼女は本質的な意味で、ティアの全てを理解していたわけではないのだ。


 それは誰であっても同じこと。他人の本心を探るなど、どんな人間にもできないことなのだ。

 その例外がフィアなどの特異な能力であり、またエルズの持つ《邪魂面》だった。


 神器を持ち、父親から英才教育を受けていた彼女は、基本的な知識を得ていた。だからこそ、どこかで達観し、他人にどう思われようともさほど気に留めなかった。


 だが、親友に対しては、その覚悟をしていなかった。

 ここまで尽くしてきたのだから、好かれているのは当然のものだと――うわべしか知ることのできない、平凡な人間と同じ考えを持ってしまった。


 精神を操る人間にとって、この通常の人間と同じ考えを持つ、というのは想像以上に致命的なことである。

 ただの人間であれば、たとえ本音を明かされたとしても、それもまた嘘であると自己完結できる。

 だからこそ、相手の真意を知ったところで壊れはしないのだ。


 しかし、彼女は違う。彼女が知る本音とは、偽り一つない情報なのだ。

 そして、エルズはそれをよく知っている。

 故に、これをどうやっても否定することができないのだ。無想し、現実逃避をすることさえできない。


「今まで、エルズは何をやってきたの……ただ一人で、勝手に、望まれもしていないのに! 馬鹿みたいに自己犠牲をして!! それで満たされていたのも!!!! 全部、全部! 全部!! ……ただの、自己満足だったって」


 皮肉なことに、彼女はティアの真実を知ったからこそ、今まで見えていなかった事実と向かい合うことになってしまった。

 誰もが感じていたが、彼女の気付いていなかったこと。

 彼女の行為は、紛れもないただの独りよがりであり、自己満足でしかなかった――ということ。


 例によって、これもまた人間であれば当然のことだった。

 だが、やはり彼女は言い訳ができない。いや、救いがないのだ。


「エルズは、何も分かっていなかった……親友だと思ってたのに、ずっと居たのに、ティアが何を考えていたのかも……なにも」


 気付きは、急激に彼女の世界を狭めていった。

 生きていく為に不可欠な不確定要素が、凄まじい速度で埋まっていく。パズルのピースが埋まっていくように。

 誰しもが不確定の世界で生きている。多くが見えているようで、何も見えてはいない。何も、感じてはいないのだ。


 今のエルズには、自分の周囲全体が熱せられた鉄板のように見えていた。

 一歩進めば、間違いなく足が焼かれる。そういう状況だ。


 だが、これは今始まったことではない。ずっと、そうだったのだ。

 何も見えず、何も感じなければ、この鉄板の上を目隠しの状態で歩いて行ける。

 どれだけ焼かれようとも、死には至らない。そういう類のものだ。


 しかし、今のエルズは怖くて動けなくなっている。たとえそれが死に至らないものであると分かっても――今まで歩いていた場所だと分かっても、それは変わらない。

 新たに見えた世界により、彼女は妄想をする。

 動くことが、死に繋がるのではないか――と。起こりえもしない、他人から見れば馬鹿げた妄想だ。

 だが、知ってしまえば誰もがそう思う。一度、ただ一度その鉄板の熱に触れ、手を引っ込めた瞬間、もう二度と眠ることはできない。

 一生、死には至らない苦痛と恐怖の中――眠りの世界で過ごす(めくら)の中で生きていかなければならないのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ