11r
――風の聖域にて……。
「どういうことよ!」
ティアはそれまで以上に暴れだし、聖域を破壊し始めた。
あまりに予想外の行動を見てライラは混乱し、巫女へと激しい攻撃を開始する。
無数の鋭い羽根は彼女の体に突き刺さる――だけでは済まず、次々と幼い体を貫いていく。
なるべく早く行動不能に陥らせようとするものの、ティアの体は止まらない。加速する。
「がああぁあああ……ああああああああああああああ! らぁあああああああああああ!」
彼女の背からは黒い輪が生み出され、それは周囲一帯のものを片っ端に呑み込んでいく。
「風の聖域を食べている……こんなの聞いたことないわ」
流血どころではなく、ティアの体は穴だらけ、関節は逆方向に曲がるとひどい状態だった。
だが、聖域の構造物――その大地も含める――を喰らう度に、その肉体は驚異的な速度で修復されていく。
それだけであれば、先のガムラオルス戦と同じだった。
絶対的に違うのは、彼女の後輪が黒い渦となり、翼はより生命のそれを思わせる形状に変化したということだろうか。
「これじゃまるで、天使……でも、人間が――《星》にしたって、こんなになるなんて聞いてないわよ」
ライラの思ったことは、事実だった。
この世界において、明確に人間が天使へと昇華した例は確認されていない。
そして、できる道理も存在してはない。
おそらくは、神器の模倣失敗がもたらした、副次的効果だろう。
《翔魂翼》はソウルの一部を天使を構成する力に変換し、翼として放出する神器だ。
変換機構が存在しはするが、これを用いて天使に到達することはできない。
そうならないように、無数のリミッターが働いているのだ。
だが、構造や仕様を理解したティアは、これを不要と廃してしまったのだ。
それがどのような問題を引き起こすかも考えずに。
聖域に満ちる風属性のマナを喰らい、彼女は天使を構成する為の力を補給していた。
マナを取り込める《星》の体質、そして無尽蔵とも言える該当属性のマナが供給できる土地。
これらのイレギュラーが合わさり、前例のない強烈な異常を引き起こしたのだ。
「……ったく、対天使戦なんてやったことないってのに。こんなことなら、イクサの馬鹿に聞いておくことだっ――た!」
生物を生かす気のない規模の、途轍もない羽根の雨が降り注ぐ。
この攻撃を受ければ、人間のティアは一撃で葬られていたことだろう。
しかし、今のティアはその限りではない。
彼女の黒い翼は雨合羽のように、降り注ぐ破壊の雨を身に受け止め、取り込んでいった。
「ひゃー……風属性の制御が取られちゃったね。ティアはこんな器用な真似できなかったはずだけど――それだけ、ご飯を食べたいっていう本能が働いているのかな」
属性の制御権を奪い取る、ということ自体は《星》であれば可能な技術だ。
実際、ミネアなどは火という括りで事象を制御し、無力化することができた。
ティアにしても、風属性の術であれば無効化することは難しくないだろう。
ただし、吸収ともなると話は別だ。人間には器があり、その上限を越えてしまえば、パンクしてしまうのだ。
意図的に満たされた力を減らし、取り込むことはできるが、その場合はせいぜい帳消しが関の山だ。
今の彼女は攻撃を無力化、吸収に続き、自身の力に還元という行程を含めている。これを瞬時に行うのは、《星》でも容易なことではない。
その上、相手は属性の頂点に近い、《神獣》だ。多少の手心を加えているとはいえ、制御を奪い取るなどできる相手ではない。
こうなると、ライラの見立て通り、喰うという本能がそれを成し遂げているとしか思えなかった。