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町の中を歩くが、そこに人の影はなかった。
無人の町は煌びやかさこそなくとも、光の国のそれを想起させる。
彼女はとぼとぼと歩き、城に到着した。
そこを目指した理由は、なかった。ただ、よく目立つからこそ目指したのだ。
城の中にも、人はいなかった。豪華絢爛な城を一人歩き、謁見の間へと到着した。
エルズが扉を開けると――玉座に座るティアが目に入る。
「ティア!」
誰も居ないのではないか、と不安になり出していたエルズは安心し、彼女に抱きつこうとした。
「エルズ?」
「うん! 来た――」
抱きしめた瞬間、ティアの体は潤いのなくなった肉のように、張り返すことなくへこんでいく。
驚いて手を放すが、抱きしめる強さで腕が食い込んだ胸部はへこんだまま、戻ろうとしなかった。
「……これは、ティアじゃない」
そう認識した瞬間、ティアの姿をしたものは消えた。
「うっかりね。こんなのに引っかかるなんて」
人が専門家として冴えるには、幾つかの条件が必要だ。
一つは客観的になること。知人であると私情を持てば、その力量は生かし切れなくなる。
そして二つ目は、冷静な判断能力を持つこと。これを失えば、百ある力の半分も引き出せなくなる。
エルズは精神干渉の専門家だが、今回は私情に突き動かされ、優先すべき事項を見逃してしまった。
「(対象者の精神を分析し、優先度を付けていく……ティアがこんな城に執着するはずがない)」
短い思考の末、彼女は答えに辿りついた。
――だが、ここを見ても、エルズは足を止めることができなかった。
何故、城にティアが居たのか、という部分に触れることができなかった。
謁見の間の扉を叩き開けた瞬間、出口は別の場所になっていた。
町の一角、上級層と思われる区画ではなく、平民層の暮らす慎ましい区画だった。
これは彼女が意識し、望む場所を検索し、飛んだからこそできたことである。
神器の所有者であるからこそ、明確にイメージが掴めれば好き勝手に飛び回れる。
先ほどは視界の届く範囲で望み、今は必要な単語によって飛んだ。
見上げると、扉の横に見慣れた冒険者のマークが刻まれた板がぶら下げられていた。
「ティアならきっと、ここに来る」
酒場に足を踏み入れた瞬間、そこには彼女が思った通りのティアが座っていた。
無人のカウンター席に座り、つまみとジュースという雰囲気のない姿。それこそが、エルズが思う通りのティアだった。
「ティア……!」
「あっ、エルズ!」
呆然気味だったエルズに、ティアは抱きついてきた。
「来てくれたんだ!」
「うん……うん! 来たよ!」
何度も見つめ、これが幻ではないことを確かめる。
「うん! ティアはやっぱり、エルズが思った通りだったよ」
「えっ? なんのこと?」
「……お話は後、だね。ティア、一体どんな《秘術》を使ったの?」
それを聞かれながらも、ティアは笑みを浮かべたままだった。
「実はね、私もよく分からないんだ」
「分からない? ……《神獣》と戦っていることは?」
「もしかして、私……何か迷惑を掛けちゃってる?」
エルズは少し迷った後「ううん、そんなことはないの。でも、今はティアが危ないかも知れないって」と言葉を選びながら言う。
「その様子だと、やっぱりそうみたいだね。迷惑掛けて、ごめんね」
「そんなことない! エルズは自分で選んでこうしているの。ティアが迷惑だなんてことない!」
ティアはしばし沈黙した後、ゆっくりと瞬きをしながら頷いた。
「エルズ! 大好きっ!」
再度抱擁してきたティアに対し、エルズは頬を赤らめながら、そして迷いながらに背へと手を回す。
「……エ、エルズも――」
そうして抱きしめた瞬間、それは緑色の粒子となり、辺りに散らばった。