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――緑色の空間にて……。
「さて、ここからはあなたに任せるとするわ」
「任せて。エルズがどうにかするまでは……」
「ええ、あっちのティアは私に任せなさい」
それを聞き、エルズは笑みを浮かべた。
瞬間、世界は大きく変わり――見覚えのある景色となった。
「風の……大山脈? 外に、出たの?」
その問いは、明らかに誰かに向けたものだった。
しかし、返答はない。ライラは完全に、この世界を離れてしまったのだ。
「ここからは、エルズの仕事ね」
その世界を歩きながら、エルズは違和感を覚えた。
そこは紛れもなく、現実世界のそれと同じだったのだ。
精神世界はおおよそ、夢の世界のような様相を呈する。非凡な要素が満ちていることが往々にあるのだ。
ただ、この世界はあまりにも普通だった。そして、あまりに現実的だった。
「こんな容量、人の中に入りきらないはずだけど……」
巫女という特異な存在故の変化か、と達観しつつ、エルズは山道を歩き出す。
ゆっくりと歩き、辺りを確認することで、彼女は確信を得た。
「……うん、やっぱり風の大山脈だ」
走って移動することもできるが、彼女は世界のイメージを明確に掴むことを優先した。
結果として、全く同じ世界が入っていることが分かった。
「なら、少し急いでもいいわね」
瞬間、彼女は遙か先に移動した。
精神世界にいる限り、彼女は瞬間移動のようなこともできる。当然だが、この世界には明確な時間や空間の概念はないのだ。
そうして加速を繰り返し、山を登っていく。目的地は、里のある地点だった。
連続ワープを行う最中も、適度に風景を確認し、整合性を合わせていこうとした――が。
「……家?」
不意に、見覚えのないものが目に入った。
疑問を抱きはしたが、彼女は第一目的地を最優先とし、先へと向かった。
しかし、辿りついたのは里ではなかった。
「……町? いや、国?」
彼女の眼前には、光の国に似た町並みが広がっていた。
区画が整理され、綺麗に並ぶ家々。芸術的というより、合理的な町だった。
そして、その遙か先に見えるのは、巨大な城。だが、こちらは光の国のものではなく――どこの国のものでもない、初めて見る城だった。
「(お城……? あれが、ティアの望んだもの?)」
精神世界は現実の継ぎ接ぎになることが多い。
現実で見たものが直接反映されるわけではなく、無数のイメージの組み合わせ、実際にはどこにもないようなものになる。
夢の奇抜なデザイン、というとイメージは掴めるだろうか。
しかし、この城は比較的現実的なデザインで――強いて言えば、光の国のそれに近いのだ。
「なんで、この山に光の国の影響が……」
瞬間、彼女は思い出した。
善大王が風の大山脈に赴き、一族を解放しようとした、ということを。
実際はアイとして生きていた時代に聞いた情報なのだが、彼女はしっかり記憶していた。
「……これが、ティアがそうなって欲しいと思っていた世界、なのかもしれないわね」
人の心の中を見たところで、エルズは心を揺らされたりはしない。
だが、親友のそれならば話は別だ。ここにあるのは、起こりえた――しかし、そうならなかった世界なのだ。
もし、善大王が風の大山脈を領土に加えていれば、こうなっていたかもしれない。
そうなっていれば、ティアは冒険者にならずとも――自分と出会わずとも、世界に出られたのだろう、と。




