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「親父……なんだ、今更」
『お前が里から出るだの、関係ないだの言うのは別に構わない。だが、お前の本音も聞かずに別れるのは、ごめんだ』
ガムラオルスは黙った。
「なんのことだ。本音などない」
『分からねぇ奴だな。お前はただ、ティアちゃんが贔屓にされていたのが気にくわないだけだろ? あの子に負けるのが、恥ずかしいだけだろ』
「好きに判断すれば良い。俺はもう無関係だ」
『そうやって面倒なことから逃げようとする。お前は昔から何も変わっちゃいない』
分かりやすい煽りだった。だが、今の彼はそんな分かりやすい挑発にも乗ってしまった。
「お前になにが分かる! こんな文明の劣った里で悩みも知らずに生きてきたお前に、何が分かるというんだ
!」
『うるせぇ! いちいち口答えするな!!』
「話す気がないなら、もう構わないだろう。俺は無駄な時間は費やしたくはない」
『それが駄目だって言ってるんだよ! お前にとっての無駄ってなんだ? 人と関わることのなにが無駄だというんだ!?』
面倒になり、通信を切ろうとした。だが、彼は頭の中で呟く。
「(違う、面倒なんかじゃない。俺はただ、意味がないから切るだけだ)」
父親の言葉は、彼に刺さっていた。
自分が何度も逃避してきたことなど、言われるまでもなく理解していたのだ。
だからこそ、それを認めたくなかった。彼はまだ、人並みな感性を持ち、人並みのプライドを持っている。
真に乾ききってはいなかった。
『お前は俺が悩みなく生きてきた、と言ったな。そんな人間いるもんか。俺はお前の言う、文明の劣った連中を世話してきた。そこに何の責任もない、と言えるような環境で生きてきたのか?』
「(そんなことは言われなくても分かっている)」
人を管理する難しさを、彼は知っていた。
だが、それでも認める気にはならなかった。
『お前は里の連中を率いて、ティアちゃんを支えようとしてただろうが。だが、それだって途中で投げ出した。文句の一つや二つを言われたくらいでな』
「俺は馬鹿共に付き合うのに疲れたんだ。ここで何を言われようとも、別のところでも生きていける。程度の低い連中に合わせるより、その方がずっといい」
『結局、お前は言い訳ばかりだ。幾ら頭が働いても、そんなんじゃ――』
そこで、ガムラオルスは通信を切った。
「あんな男に何が分かる。今に甘んじ、考えを捨てて生き、変わろうともしない怠惰な男に……」
彼の見方は、大きく間違っていなかった。
彼の父親は、平凡な男だった。おおよそ、多くの人々と同じ側の人間だった。
だからこそ、妥協はしなかった。だからこそ、説得もしなかった。
彼はただ、不満を息子にぶつけただけだった。そこに生産性など、欠片もない。
――ただ、それこそが当たり前だった。
彼が早くなりたいと願っていた大人とは、そういうものだった。
怠惰で、間違いを認めず、自分の都合だけを優先し、大局観もない者。それこそが、真なる大人だった。
情熱を持っていた頃の彼は、子供だった。
情熱を失った後の彼は、次第にサボることを覚え始めた。しかし、まだ根本的な部分は子供だった。
「(だとして、俺も怠惰ではないと言えるのか? あいつを否定できるほど、俺は正しいのか?)」
どこかで正しくあろうとしていた。
失敗を受容できなかった。しかし、間違いをうっすらと認めてしまっていた。
「俺は、ティアが嫌いだった。あいつがいる限り、俺はずっと間違い続けて、失敗し続けているように感じた……」
あの八つ当たりも同然の言葉は、全て外れていたわけではなかった。
彼はウィンダートやシナヴァリアのように、崇高な思いからティアを嫌っていたわけではなかったのだ。
「俺はただ、気に入らなかっただけだった。馬鹿だなんだといいながら、本当はただ……あいつを従わせる力を持たない俺が嫌いなだけだった」
子供じみた理由だった。
彼はただ、好きな相手に劣る部分があることが許せなかった。
自分の意志を持つティアが気に入らなかったのだ。
ただ自分を肯定し、無条件に愛して欲しかった。そうする為には、強くある必要があると思った。
そこに、話し合うという選択はなかった。信頼により、それを得るという考えがなかった。
だからこそ、彼はスケープを良しとした。
自分がいなければ生きていけないという、命の恩人という弱みを握った彼女を都合の良い存在とした。
「……馬鹿馬鹿しい話だな。本当に」