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死の光景、実験動物時代の記憶が混ざり合い、実際には聞いたこともない呻きや叱責の声が何度も巡る。
舌を動かし、飴を溶かしていくと、次第にその幻が消えていく。
罪の意識を善大王への愛で正当化し、襲い来る幻覚を薬の力で鎮める。そこまでして、ようやく彼女は普通でいられたのだ。
善大王へのアピールもあったものの、女らしくなることもそこに起因していた。
自分が自分ではないと言い訳する為、城下町で出回っているような雑誌を買い、自分なりに取り込んだ。
強固なペルソナを作る、それが彼女が取った殺人忌避への対策だった。
それから一年後、シナヴァリアと共に任務をしてきたアカリはかつてよりも優秀になっていた。
術のキレは以前の比ではなくなり、隠密に関しても暗部で上位に入るほどにまで極められている。
連携についても、軽い性格になったこともあって少なからずはできるようになり、部隊内でもムードメーカーのような存在に変わっていった。
任務を成功させる度、善大王にその話をし、誉めてもらうことで自分に自信をつけた。
そうこうしている間にシナヴァリアは暗部という組織自体のトップに立ち、現職から退いた。
ただ、それでも指令を受ける時には接触を図ることができた。前と変わらず、暇さえあればデートに誘い、善大王にできない分を彼で発散していた。
アカリは隊長にはならなかったが、実力で言えばその資質は十分だった。
実質的エースとして活躍し、どんな不利な状況でも彼女一人が覆せるほどに実力をつけた。
さらに半年と一年後、シナヴァリアは暗部での実力を評価され、表舞台に出た。
騎士団の戦術教官という地位。部隊に命令を送れる立場よりは下がったように思われるが、国の中で言えばこちらの方が上に当たる。
そもそも、暗部は表に出せないような存在である為、こうなって初めて身分を明かせるようになるのだ。
シナヴァリアとは相変わらずの仲だったこともあり、アカリは噂などを耳に入れていた。
初めこそは騎士団所属外の人間が入ったことで軽蔑されていたものの、明らかに常人を超えた実力と特有の強面、恐怖支配的な人間性が影響して畏怖される存在へと変わっていった。
しかし、アカリはそれを大きな変化と見ていない。
時折デートをする際にはいつもと変わらない態度を取り、そっけない様子をしてくる。そんな自分の知っているままのシナヴァリアに、アカリは心底安心していた。
ただ、暗部としての関係が切れたことは少しさびしいものがあったのは事実で、冗談のような甘えもこの頃から激しくなりだした。
それから二年後、アカリは予期しない形でシナヴァリアと同じ部隊に配属されることとなった。
善大王にとっての恒例行事、魔界への道の封印。
シナヴァリアとアカリは騎士団の精鋭や聖堂騎士らに混じり、未開の地へと向かうことになった。
船上でぼーっとしていたアカリは不意に退屈と感じ、シナヴァリアの姿を探した。
ようやく見つかったという時、彼は誰かと話をしていた。
明度の低い茶髪をした男。青年といっても過言ではないほどに若く、一般的な視点からして色男に含まれるような者だった。
どことなく善大王に似ている、と感じ取ったアカリだったが、恐れ多いと頭を振る。
「(騎士団の人?)」
少し気になり、アカリは物陰に隠れて二人の様子を伺った。
「まったく、封印なんてすぐに終わってくれればいいんだけどな。これじゃデートもできない」
「そのような態度をしているとろくでもない目に遭うぞ、善大王」
「仕事はちゃんとしているから構わないさ。それで、お前の方はどうなんだ?」
善大王と呼ばれた男はシナヴァリアと普通に話していた。
騎士団であればそのようなことはできない、と気づき、服装も含めて彼が聖堂騎士なのだとアカリは察した。
しかし、それにしても年齢差が大きく存在するように見える二人なだけに、アカリはどうにも不思議な気分になっていた。
二人の邪魔をすまいと、アカリは自ら退き、ここではない別の場所へ向かって歩き出した。




