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――風の大山脈、山道にて……。
「……ここは」
目を覚ましたガムラオルスは、自分の傷が思った以上に回復していることに気付いた。
憎悪に取り憑かれたティアにラッシュを叩き込まれた時、確かに彼の体は滅茶苦茶になり、とても《魔技》では回復できない領域に陥っていた。
身を起こそうとした時、彼は激痛に襲われ、そのまま仰向けに倒れる。
「最低限度は……か」
彼は素早く回復用の《魔技》を発動させ、応急処置に応急処置を重ねた。
今発動したのは、主に鎮痛用のもの。神経や精神を弄くり、正常な痛みの伝達を阻害するというものだ。
痛みが引くまでにも時間が掛かる。彼は倒れたまま、通信術式を開いた。
「俺だ。そっちはどうなった」
『全員、捕縛されました』
予期せぬ答えに、彼は沈黙した。
「失敗、か」
隊員は、質問をしなかった。彼の言葉を聞いた時点で、どういう顛末だったのかが分かったのだろう。
『将軍、族長と思われる男が話があると』
「わかった」
そこで接続対象が切り替えられた。入れ替わるように聞こえてきたのは、聞き覚えのある族長のものだった。。
『ガムラオルス、戻るというのであれば、今だ』
「……馬鹿言え」
『ティアはお前を、許している』
「知っている。それを聞いた上で、俺はあいつと戦った。そして、無様にもあいつに敗れた。あいつに恐怖した」
薄暗い翼を放つ少女の姿を見て、彼は真に恐怖した。
幾度も死に追いやられるような場面はあったが、あの時に覚えた感情は、それまでのものとは性質が違っていた
強いて言えば、どうやっても避け得ない死。
自分の命が終わるという感覚が、敵として眼前に現れたような感覚だったのだ。
そこに言葉はなく、そこに感情はない。触れることもできず、無慈悲に理不尽に終わりをもたらす、そういうった恐怖だった。
彼は自虐気味に言っていたが、通信相手に見えない手や足はガクガクと震えている。
『ならば、戻れ。あの子は、それを望んでいる』
「俺はあいつから逃げた男だ。一度逃げた人間は、勝たない限り一生、逃げ続けなければならない……」
『巫女に無力感を感じることは、恥じることではない。いつの時代も、あの眩しい少女と関わった者達は、みな暗い影を背負った。シナヴァリアがそうだったように――私が、そうであったように』
それを聞き、彼は黙り込んだ。
誰もが、それを経験していたのだ。
だからこそ、シナヴァリアは里を出た。
だからこそ、ウィンダートは去りゆく若人達を止めることができなかった。
その痛みを知ればこそ、強く言うことができなかったのだ。
「俺には、関係のないことだ」
彼はそう言うと、通信を切断した。
本音を隊員に知られた時点で、彼は覚悟していたのだ。
結局、また逃げることになると。
火の国に逃げ帰り、そこに居場所がなければスケープを連れて逃げ、またどこかに逃げる。
何度も繰り返し続け、何度も自身を覆う影を否定しようとしながらも、目を覆うことでしかそれができなかった。
己の無力を知ることが、彼にとっては最も堪えがたいことだった。
脱力し、四肢を投げ出したガムラオルスは、浅い眠りに誘われた。
このまま、全ての責任から逃げ出したくなったのだ。
そんな時、聞き覚えのある音が頭に響いた。
無視をしようとしても、鳴り止まないその音を聞き、彼は煩わしく、そして当たり散らすように応答した。
「なんだ!」
『俺だバカ息子が』




