6j
「今度は……?」
「あら、もう忘れちゃった? 昔、あなたがティアを洗脳しようとした時、止めたでしょ?」
少し考え、エルズは思い出した。
牢獄の中、刑を受け入れたティアを救うべく、彼女は親友の精神構造を書き換えようとした。
その時、緑色の空間に呑み込まれ、結局は失敗に終わった。
ライラが言っているのは、その出来事だ。
「……どういうことよ」
「説明の時間は十分にあるわ。さっさと私に神器を使いなさいな」
納得は行かなかったが、暴れ回るティアを見逃すこともできず、彼女は小さく頷いた。
そして、仮面を被った瞬間、巨大な有翼獣の意識に接続する。
刹那、彼女の意識は再び、緑一色の世界に落ちた。
「また……なら――」
「はいはい、接続解除は不要だから。あの時はあなたが不適切なことをしたから、止めただけ。今回は私としても――世界として、許容できる問題よ」
それを聞き、信用したわけではないものの、彼女は様子を見ることにした。
「……さて、じゃあ質問の答えから。私とティアは、極めて近い次元で繋がっているのよ。そもそも、あの子の中に入っている力も、私が分け与えたものだから当然ね」
「それが、風の巫女の正体ってことね」
「そういうこと。《神獣》の強烈な属性の力を移植された女の子……それで、力の断片が残っているから、離れていてもその子のことが分かってことね」
エルズは納得した。というよりも、せざるをえないのだ。
相手は《神獣》、自分以上にティアを――巫女をよく知る存在なのだ。
「この空間は?」
「私の精神世界よ……って言っても、人間とは形式が違うから、勝手が違うだろうけど」
「前も、あなたの世界に繋がったってことね」
「ええ、邪魔をしたからね。他の巫女にしても、普通は《神獣》が割り込みを入れるはずだから、洗脳は通用しないけどね」
「それが起きないのが、《神獣》が許可した場合……ってことね」
「さすがに物分かりがいいわね」
「誰でも分かることでしょ。子供扱いはやめて」
実際、ライラはエルズを子供扱いしていたが、感心していたのはおおよそ嘘でもなかった。
「確かに、理屈も説明も簡単。ただ、これを聞いてから、はいそうですねって受け入れられるのは珍しいものよ」
「……」
「話を戻すけど、そんなことはほとんどあり得ないわ。巫女が秩序を乱そうとした時……くらいのものよ。間違ってでも、悪しき利用方法は許されないわね」
まるで、ティアを救おうとした過去の行為が悪事、と言われているようにも感じる言葉だった。
ただ、エルズはそうではないと理解している。
「さて、質問はこれくらい?」
「ティアに何があったの?」
「……確かに、それについては事前に説明した方が良いかもしれないわね」
ライラは間を置くと、説明を始めた。
「ティアはガムラオルスと戦っていたわ。勝負は互角だった……でも、あの子は《秘術》を使うことで、ガムラオルスを圧倒したわ」
「じゃあ、なんであんなことに!」
「あの子の使った《秘術》が問題だったのよ。あなた達のようなただの人間が使うものとは違う、特別の《秘術》だった。だから、ティアはその制御もままならず、呑み込まれたのよ」
エルズは内心で驚いていた。
ティアがそのような特別な《秘術》を用いるなど、ここで初めて知ったのだから。
「じゃあ、ティアはガムラオルスを……」
「それは、私が未然に防いでおいたわ。もし、恋人を殺したなんて知れば、もし暴走を止められたとしても、罪悪感に押しつぶされちゃうわ」
「……じゃあ」
「私を誰だと思っているのよ。私は他でもない、風の《神獣》よ。安全に別の場所に逃がすくらいは簡単にできるわ」
ティアの想いを知っているエルズは、この言葉に安心した。
いくら敵対者だとしても、それを殺すという流れは彼女の想定にもなかったのだ。
「つまり、あなたがティアを止められれば解決、ってこと。簡単でしょ?」
「……ええ、そうね」
全ての疑問、悩みが解消されたことで、彼女は全てを終えたと感じていた。
共に戦う戦士としても、心の支えとしても完璧な役割を果たすことのできなかった彼女だが、こと精神干渉については負い目がなかった。
自分の得意で親友を救う、これに不安を覚えることなど、あるはずがなかった。